長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。
次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。
これまで、
中学受験を振り返りながら、
親が何をしたか。
何をしなかったか。
どこまで本人に任せたか。
そんなことを多く書いてきました。
でも、
中学受験の途中では、
親が何かを教えたわけではないのに、
「自分で動くようになったな」
と感じる瞬間もありました。
長女と次女の両方で、
それを感じたのが、
塾の授業がない日に、自分から自習へ行くようになったこと
でした。
今回は、
そのことについて書いてみたいと思います。
■授業がないのに塾へ行く
長女も次女も、
ある時期から、
授業がない日でも、
塾へ自習に行くようになりました。
そして、
分からない問題があれば、
先生に質問して帰ってくる。
親が、
「今日は自習に行きなさい」
と毎回指示していたわけではありません。
自分で塾へ行く。
自分で勉強する。
分からなければ、
自分で先生に聞く。
それが少しずつ普通になっていきました。
今振り返ると、
私はこの変化に、
成績が上がったときとはまた違う意味で、
成長を感じていました。
■長女は「友達と一緒に勉強する」ことがきっかけだった
長女の場合は、
小学6年生の頃からでした。
きっかけは、
友達と一緒に勉強すること
だったと思います。
塾の授業がない日でも、
友達と一緒に自習へ行く。
そこで勉強する。
分からない問題があれば、
先生に質問する。
それを自主的にするようになりました。
親からすると、
小学6年生ですから、
受験までの時間も限られています。
でも、
「今日はこれをやりなさい」
と親が管理しなくても、
自分で塾へ行く。
これは、
かなり大きな変化でした。
■「友達と勉強する」ことにも意味があった
親だけで考えると、
自宅で一人で集中して勉強した方が、
効率がよいように見えることもあります。
友達と一緒なら、
話をしてしまうのではないか。
本当に勉強しているのか。
そんなことを考えることもできます。
でも、
長女の場合は、
友達と一緒だったからこそ、
授業のない日にも塾へ行くようになりました。
勉強する場所へ行く。
周りも勉強している。
分からないところがあれば先生もいる。
結果として、
その環境が、
本人の自主的な学習につながっていました。
だから、
一人で勉強することだけが「自主学習」ではない
のだと思います。
自分で、
「今日は友達と塾へ行って勉強する」
と決める。
それも、
十分に自分で勉強を進めている姿でした。
■次女は、小学5年生から自習へ行くようになった
次女は、
長女より少し早く、
小学5年生の頃から、
授業のない日にも自習へ行くようになりました。
ただし、
こちらは長女とは少し事情が違います。
次女は、
もともと、
家ではほとんど勉強をしない子
でした。
親としては、
これはなかなか気になります。
塾から帰ってきても、
家ではあまり勉強しない。
休日でも、
机に向かって長時間勉強するわけではない。
「本当にこれで大丈夫なのか」
と、
親としては思うわけです。
■次女の自習は、塾の先生の一言がきっかけだった
そんな次女に、
塾の先生が、
自習へ来るように声をかけてくれました。
それをきっかけに、
小学5年生から、
授業のない日にも塾へ行くようになりました。
これは、
我が家にとって、
かなりありがたいことでした。
家では、
ほとんど勉強しない。
でも、
塾へ行けば、
少なくとも、
そこにいる間は勉強する。
先生もいる。
質問もできる。
親からすると、
「塾にいる間は勉強しているだろう」
と思えるだけでも、
かなり違いました。
■次女の自習は、親の精神安定にもつながった
これは、
少し正直な話です。
次女が自習へ行くことは、
本人の学習のためだけではなく、
親の精神安定にもつながっていました。
家でほとんど勉強をしない姿を見ていると、
どうしても、
親は不安になります。
「今日も勉強していない」
「これで受験できるのか」
「もっとやった方がいいのではないか」
そう思ってしまいます。
すると、
つい、
「勉強しなくていいの?」
「宿題は?」
「今日は何をやったの?」
と、
余計なことを言いたくなります。
でも、
自習へ行っていれば、
少なくとも、
その時間は勉強している。
そう思える。
それだけで、
親も少し落ち着くことができました。
■親が家で言い続けるより、塾へ行く方がよかった
次女については、
親が家で、
「勉強しなさい」
と言い続けるより、
塾へ行ってもらう方が、
我が家には合っていました。
家にいると、
どうしても、
親は気になります。
勉強しているか。
何をしているか。
何時から始めるか。
でも、
塾へ行けば、
その部分を、
一度手放すことができます。
そして、
本人も、
家で親に言われながら勉強するより、
塾という環境の中に入った方が、
勉強しやすかったのだと思います。
■同じ「自習」でも、姉妹で意味は違った
ここが、
改めて面白いところです。
長女も、
次女も、
塾へ自習に行きました。
表面だけ見れば、
同じです。
でも、
中身は違います。
長女は、
友達と一緒に勉強することがきっかけになり、自主的に自習へ行くようになった。
次女は、
塾の先生に勧められ、家で勉強しないなら塾で勉強するという形が合った。
同じ行動でも、
そこへ至る理由が違います。
これも、
姉妹二人の中学受験を通して感じた、
同じ方法でも、子どもによって意味は違う
ということの一つでした。
■親が望む「理想の勉強姿」と違ってもよい
親からすると、
理想的な受験生の姿を、
何となく持っていることがあります。
家で、
自分から机に向かう。
予定を立てる。
静かに集中する。
毎日決まった時間に勉強する。
もちろん、
そうできればよいと思います。
でも、
次女は、
そういうタイプではありませんでした。
家ではほとんど勉強しない。
ならば、
勉強する場所を家に限定しなければよい。
塾で勉強できるなら、
それでよい。
その子に合った形で、
必要な学習ができていればよい。
そう考えるようになりました。
■「どこで勉強するか」も、その子に合わせる
これまで、
塾選びについて、
何度も、
「この子にはどうだろう」
と書いてきました。
でも、
これは塾そのものだけではありません。
どこで勉強するか
についても同じです。
自宅が一番集中できる子。
図書館が合う子。
塾の自習室が合う子。
友達と一緒の方がやる気になる子。
一人の方が集中できる子。
それぞれ違います。
我が家では、
長女にも次女にも、
塾の自習環境が役に立ちました。
■質問できる場所があることも大きかった
自習へ行く良さは、
単に、
机と椅子があることだけではありません。
先生がいる。
分からなければ、
その場で質問できる。
ここも大きかったです。
我が家では、
小学3年生以降、
分からない問題について、
親が全部教えることはしませんでした。
分からなければ、先生に聞く。
これは、
長女でも次女でも同じです。
自習へ行けば、
勉強する。
分からない。
先生に聞く。
戻ってもう一度考える。
この流れを、
本人だけで進めやすくなります。
■「質問して帰ってくる」ことに成長を感じた
私が特に成長を感じたのは、
自習へ行ったことだけではありません。
質問をして帰ってくるようになったこと
です。
分からない問題がある。
誰かに言われるまで放置するのではなく、
先生のところへ持っていく。
質問する。
教えてもらう。
それを、
親が間に入らずできるようになった。
これは、
中学受験の先にもつながることだと思います。
中学校でも、
高校でも、
分からないことは出てきます。
そのとき、
自分から聞きに行ける。
これは、
一つの大切な力だと思っています。
■親が手を離せる場面が少しずつ増えていった
中学受験を始めた頃は、
親がやることが多くあります。
塾を調べる。
送り迎えをする。
教材を準備する。
丸付けをする。
でも、
学年が上がるにつれて、
少しずつ、
本人だけでできることが増えていきます。
自分で塾へ行く。
自分で自習する。
自分で先生に質問する。
親にとっては、
一つ一つは小さなことです。
でも、
こうして、
親が手を離せる部分が増えていくこと自体が、子どもの成長
なのだと思います。
■成績が上がったときだけが「成長」ではない
中学受験では、
成績が上がると、
成長を感じやすいです。
偏差値が上がった。
順位が上がった。
難しい問題が解けた。
もちろん、
それも成長です。
でも、
今振り返ると、
私が印象に残っているのは、
そういう数字だけではありません。
授業のない日に、
自分から塾へ行く。
分からない問題を、
先生に質問する。
友達と、
「一緒に勉強しよう」
と動く。
そうした、
本人の行動が変わった瞬間
にも、
大きな成長があったと思います。
■次女については「家で勉強しない」を直そうとしなくなった
次女の受験を振り返ると、
この自習の経験は、
親側にも影響しました。
以前なら、
「家でも勉強できるようになった方がよいのでは」
と考えたかもしれません。
でも、
塾へ自習に行き、
必要な勉強ができているなら、
無理に、
「家で勉強する子」
に変える必要はありません。
家で勉強しないなら、勉強できる場所へ行けばよい。
そう考えるようになりました。
これは、
親にとってもかなり楽でした。
■子どもを変えるより、環境を変える
次女を見ていて、
改めて思ったことがあります。
子どもの性格や行動を、
無理に変えようとするより、
その子が動きやすい環境をつくる方が早いこともある
ということです。
家では勉強しない。
では、
「家で勉強するようにさせる」のではなく、
塾の自習室へ行く。
その方が、
本人も親も楽でした。
これは、
中学受験のいろいろな場面に共通することかもしれません。
■二人とも、最後は「自分の勉強」になっていった
始まり方は違いました。
長女は、
友達がきっかけ。
次女は、
先生から勧められたことがきっかけ。
でも、
最後は二人とも、
自分で塾へ自習に行き、
自分で勉強し、
分からなければ質問して帰ってくるようになりました。
親が横について、
「次はこれ」
と指示しなくても、
本人たちなりに動く。
それを見たとき、
中学受験が、
少しずつ、
「親がやらせる勉強」から「本人の勉強」へ変わっていった
のだと思います。
■中学受験で感じた成長は、合格だけではなかった
中学受験の一番分かりやすい結果は、
合格です。
でも、
振り返ってみると、
その途中にも、
たくさんの変化がありました。
自分で自習へ行く。
先生に質問する。
友達と勉強する。
自分に合う場所を使う。
そういう一つ一つも、
中学受験を通して経験した成長でした。
特に次女については、
自習へ行ってくれることで、
本人は塾で勉強できる。
親は家で「勉強しなさい」と言わずに済む。
この形が、
我が家にはとても合っていました。
二人の中学受験を振り返ると、
子どもが自分から動けるようになることと、親が少しずつ手を離せるようになることは、同じ方向へ進んでいた
のだと思っています。
長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。
次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。
前回は、
「中学受験中も、小学校生活を大切にした理由」
について書きました。
受験直前でも、
基本的には普段どおり小学校へ行く。
家庭も、
受験一色にはしない。
小学6年生としての生活も、
大切にする。
そんなことを書きました。
今回は、
その流れで、
「中学受験で、子どもの体調や睡眠をどう考えていたのか」
について振り返ってみたいと思います。
■勉強時間を増やせばよい、とは考えなかった
中学受験では、
どうしても、
勉強時間が気になります。
今日は何時間やった。
昨日より少ない。
周りの子はもっとやっている。
特に小学6年生になると、
そういう話も増えてきます。
でも、
我が家では、
勉強時間を増やすこと自体を目的にはしていませんでした。
大切なのは、
何時間机に向かったかではなく、
その時間に何をやったか。
そして、
翌日もまた勉強できる状態でいられるか。
そこまで含めて考えていました。
■睡眠時間を削ってまで勉強しない
勉強時間を増やそうと思えば、
一番簡単なのは、
寝る時間を遅くすることかもしれません。
でも、
我が家では、
睡眠時間を削って勉強時間を増やす
という考え方はしませんでした。
寝不足になれば、
翌日の学校にも影響します。
塾の授業にも影響します。
集中力も落ちます。
一日だけなら勉強時間が増えても、
次の日に疲れてしまえば、
全体として効率がよいとは限りません。
だから、
その日だけを見るのではなく、
何日も続けられる生活か
を見るようにしていました。
■中学受験は、短距離走ではない
中学受験は、
数日間だけ頑張れば終わるものではありません。
小学4年生。
小学5年生。
小学6年生。
何年も続きます。
だから、
一時的に無理をして、
勉強時間を最大化するより、
毎日続けられる生活をつくる
方が大切だと思っていました。
これは、
3歳から毎日少しずつ机に向かってきた考え方とも同じです。
一日だけ長時間やる。
次の日は疲れてできない。
そうではなく、
毎日少しずつでも続ける。
我が家には、
その方が合っていました。
■疲れている日もある
小学生ですから、
毎日同じ状態ではありません。
学校行事があった日。
体育があった日。
塾で遅くなった日。
何となく疲れている日。
そういう日もあります。
そんなときに、
「今日は予定どおり全部やらないといけない」
と考える必要はないと思っていました。
もちろん、
やるべきことはあります。
でも、
本人の状態を見ながら、
今日はここまで。
明日に回す。
そういう調整も必要です。
■「休むこと」も勉強の一部
休んでいると、
親は少し不安になります。
この時間に、
もう一問できる。
漢字を覚えられる。
理科を確認できる。
そう思うこともあります。
でも、
休むことは、
何もしない無駄な時間ではありません。
次に集中するための時間
でもあります。
テレビを見る。
少しぼーっとする。
家族と話す。
早く寝る。
そういう時間も、
長い受験生活を続けるためには必要だったと思います。
■体調が悪ければ、勉強より休む
これは、
特別なことではありません。
体調が悪ければ、
休む。
熱がある。
頭が痛い。
体がだるい。
そういうときに、
無理をして勉強させても、
効率は上がりません。
それより、
きちんと休んで、
体調を戻す。
そして、
元気になってからまたやる。
我が家では、
それくらい普通に考えていました。
■一日休んだから、受験結果が決まるわけではない
受験が近づくと、
一日休むことが、
とても大きなことに感じられます。
でも、
中学受験は、
その一日だけで決まるものではありません。
何年も積み上げてきたものがあります。
一日休んだから、
それまでの勉強がなくなるわけではありません。
逆に、
体調が悪いのに無理をして、
何日も長引く方が困ります。
だから、
休むべきときは休む。
そこは、
必要以上に怖がらないようにしていました。
■直前期も、特別な生活にはしなかった
受験直前になると、
体調管理が特に気になります。
食事。
睡眠。
感染症。
外出。
いろいろ考え始めます。
でも、
我が家では、
直前だからといって、
生活を大きく変えることはしませんでした。
普段どおり食べる。
普段どおり寝る。
普段どおり学校へ行く。
普段どおり勉強する。
もちろん、
無理はしない。
でも、
急に特別な生活へ変えることもしない。
「いつもどおり」
を大切にしていました。
■特別な食事を用意することもしなかった
受験前だから、
これを食べる。
縁起を担ぐ。
特別な食事にする。
そういうことも、
我が家ではあまりしませんでした。
いつも食べているものを食べる。
普段どおりの食事をする。
その方が、
本人も落ち着くと思っていました。
入試だからといって、
何か特別なものを食べて、
逆に体調を崩しても困ります。
■感染症対策も「できる範囲で普通に」
入試が近づけば、
感染症も気になります。
ただ、
これも、
完全に避けることはできません。
小学校へ行けば、
人と会います。
塾へ行っても、
人と会います。
家族も生活しています。
ですので、
我が家では、
必要なことは普通にする。
手洗い。
体調が悪ければ休む。
その程度です。
受験直前だから、生活を完全に閉じる
ようなことはしませんでした。
■親が体調管理に神経質になりすぎない
親が、
「風邪をひいたらどうしよう」
「今ここで体調を崩したら」
と心配しすぎると、
家庭全体が緊張します。
本人も、
少し喉が痛いだけで、
「大変なことになった」
と思ってしまうかもしれません。
もちろん、
体調管理は大切です。
でも、
親が必要以上に不安にならない。
これも、
直前期には大切だったと思います。
■本番で必要なのは「勉強した量」だけではない
入試当日に必要なのは、
知識や解法だけではありません。
朝起きる。
会場まで行く。
数時間、
集中して問題を解く。
そのためには、
体力も必要です。
寝不足。
疲労。
体調不良。
そういう状態では、
持っている力を出しにくくなります。
だから、
勉強することと、体調を整えることは別ではない
と思っています。
どちらも、
本番で力を出すための準備です。
■夜遅くまで勉強している姿を評価しない
子どもが、
夜遅くまで机に向かっていると、
親は、
「頑張っているな」
と思います。
でも、
遅くまで勉強していること自体を、
高く評価する必要はないと思っていました。
大切なのは、
翌日も含めて、
必要な勉強ができることです。
早く終わったなら、
早く寝てもよい。
効率よく終わったなら、
それでよい。
長時間やることを努力の証明にしない。
これは、
意識していたと思います。
■子どもの「大丈夫」を見る
親が、
「疲れていない?」
「大丈夫?」
と聞きすぎるのも、
場合によっては、
本人を不安にさせることがあります。
ですので、
必要以上に確認し続けることはしませんでした。
普段の様子を見る。
食事をしている。
学校へ行っている。
塾にも行けている。
いつもと大きく変わらない。
それなら、
まず大丈夫。
親が先回りして、
問題をつくらない。
ここでも、
目の前の本人を見ることが大切でした。
■入試前日も「いつもどおり」
入試前日も、
特別なことはしませんでした。
最後だからと、
夜遅くまで勉強する。
大量の問題を解く。
新しいことを覚える。
そういうことはしない。
今までやってきたことを、
軽く確認する。
準備をする。
そして、
寝る。
前日だからこそ、いつもどおり。
それでよいと思っていました。
■当日の朝も、普段の延長
当日の朝も、
同じです。
もちろん、
集合時間があります。
電車も確認します。
持ち物も確認します。
そこは、
親がきちんと準備します。
でも、
家庭の空気としては、
できるだけ普段の延長。
「今日ですべてが決まる」
というような雰囲気にはしない。
朝から、
励まし続けることもしない。
会場まで、
普通に行く。
それくらいが、
我が家には合っていました。
■健康管理も「特別なことをしない」
振り返ってみると、
体調管理についても、
我が家の考え方は、
他のことと同じでした。
新しいことを増やさない。
生活を急に変えない。
無理をしない。
今まで続けてきた生活を、
そのまま続ける。
つまり、
健康管理でも「いつもどおり」
だったのだと思います。
■合格のために、生活を壊さない
中学受験では、
合格を目指します。
だから、
勉強は必要です。
でも、
そのために、
睡眠を削る。
体調を崩す。
毎日疲れ切る。
そこまでやる必要はないと思っています。
受験が終わっても、
生活は続きます。
中学校へ進学します。
その先もあります。
だから、
合格のために生活を壊さない。
これは、
大切にしていました。
■子どもの体調も「この子にはどうだろう」
結局、
ここでも、
最後は同じです。
何時間寝るべき。
何時に寝るべき。
受験前は学校を休むべき。
何を食べるべき。
いろいろな情報があります。
でも、
子どもによって違います。
普段から必要な睡眠時間も違います。
疲れ方も違います。
だから、
一般論を見るだけではなく、
「この子は今、元気に続けられているか」
を見る。
それでよいと思います。
二人の中学受験を振り返ると、
我が家では、
体調管理について特別な工夫をしたというより、
勉強のために普段の生活を壊さないこと
を大切にしていました。
そして、
それが結果的に、
最後まで普通に受験を続けるための土台になっていたのだと思っています。
長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。
次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。
前回は、
「中学受験にかける『時間』と『お金』をどう考えていたのか」
について書きました。
中学受験では、
勉強時間をどう確保するかが、
どうしても大きなテーマになります。
塾。
宿題。
模試。
過去問。
小学6年生になると、
やることはかなり増えてきます。
そうすると、
受験勉強の時間を増やすために、
何かを減らしたくなることもあります。
その中の一つが、
小学校へ行く時間
なのだと思います。
今回は、
我が家では、
中学受験中の小学校生活をどう考えていたのか
について振り返ってみたいと思います。
■我が家では、受験直前でも小学校へ行っていた
まず、
長女の受験では、
入試直前になっても、
基本的に小学校へ通っていました。
受験勉強のために、
ある時期から学校を休ませる、
ということはしませんでした。
もちろん、
これは、
どの家庭もそうすべきだ、
という話ではありません。
家庭ごとに事情があります。
本人の体調。
学校の状況。
受験日程。
感染症の状況。
いろいろな要素があります。
あくまで、
我が家では、普段どおり小学校へ行く方を選んだ
という話です。
■「学校へ行く時間がもったいない」とは考えなかった
小学6年生の冬になると、
一日一日が大切に感じられます。
この数時間があれば、
算数をできる。
過去問をできる。
暗記を確認できる。
そう思えば、
学校へ行く時間が、
受験勉強の邪魔に見えることもあるのかもしれません。
でも、
我が家では、
学校へ行く時間を「受験勉強ができない時間」とは考えていませんでした。
小学校生活は、
それ自体が、
小学6年生の生活だからです。
友達と会う。
授業を受ける。
先生と話す。
休み時間を過ごす。
給食を食べる。
そういう日常も、
小学6年生にとっては大切な時間だと思っていました。
■中学受験が、小学校生活の全部ではない
中学受験をしていると、
どうしても、
生活の中で受験の割合が大きくなります。
家庭でも、
塾でも、
受験のことを考えます。
親も、
偏差値や受験日程を考えます。
でも、
本人は、
「受験生」である前に「小学6年生」
でもあります。
中学受験だけが、
小学6年生のすべてではありません。
学校での思い出もあります。
友達との時間もあります。
行事もあります。
そういうものまで、
全部受験のために削る必要はないと思っていました。
■勉強時間は「長ければよい」わけではない
学校を休めば、
確かに勉強できる時間は増えます。
でも、
時間が増えた分だけ、
必ず学力が上がるわけではありません。
5時間机に向かっていても、
集中できていなければ意味はありません。
逆に、
限られた時間の中で、
やることを決めて集中した方がよいこともあります。
我が家では、
勉強時間そのものの長さより、その時間に何をするか
を大切にしていました。
学校へ行きながらでも、
必要な学習が回っているのであれば、
それでよい。
そう考えていました。
■3歳からの習慣が、ここでも生きていた
これまで何度も書いてきましたが、
我が家では、
長女も次女も、
3歳の誕生日の日から、
毎日少しずつ、
読み・書き・計算を続けていました。
最初は、
一日5分程度です。
その目的は、
長時間勉強できる子にすることではありませんでした。
毎日やることを当たり前にすること。
です。
その習慣があったからこそ、
「今日は学校があるから勉強できない」
という考えには、
あまりなりませんでした。
学校へ行く。
帰ってくる。
その中で、
やるべきことをやる。
それが、
普通の生活になっていました。
■学校を休んでまで「最後の追い込み」をしなかった
受験直前になると、
「最後の追い込み」
という言葉をよく聞きます。
あと一週間。
あと三日。
最後にできるだけ覚える。
最後にたくさん問題を解く。
もちろん、
直前に確認した方がよいものはあります。
でも、
我が家では、
直前だからといって、
生活を大きく変えることはしませんでした。
新しい教材を始めない。
急に勉強時間を増やさない。
そして、
学校も普段どおり行く。
ここまで積み上げてきたものを、本番で出せればよい。
それくらいの感覚でした。
■一週間で突然別人になるわけではない
受験直前になると、
残りの日数が気になります。
あと10日。
あと1週間。
あと3日。
でも、
冷静に考えると、
その数日間で、
本人がまったく別の学力になるわけではありません。
もちろん、
暗記の確認など、
最後まで伸ばせるものはあります。
でも、
中学受験で使う力の大部分は、
それまでの数年間で積み上げてきたものです。
だから、
最後になって、
生活のすべてを受験へ変えるより、
今までどおりの生活の中で、今までどおり勉強する。
我が家には、
その方が合っていました。
■普段どおりの生活が、気持ちを安定させる
学校へ行くことには、
勉強以外の意味もあったと思います。
毎日、
同じ時間に起きる。
学校へ行く。
友達と会う。
帰宅する。
塾へ行く。
勉強する。
寝る。
受験が近づいても、
この生活が続きます。
すると、
「いよいよ受験だ」
という緊張感が、
家庭全体を支配しにくくなります。
我が家では、
直前期ほど、
「いつもどおり」
を大切にしていました。
小学校へ通うことも、
その一つでした。
■家庭まで受験一色にしない
以前にも書きましたが、
家の中でも、
受験だけを話題にしないようにしていました。
偏差値。
過去問。
受験校。
勉強。
そればかりになれば、
本人にとって、
逃げ場がなくなります。
学校へ行けば、
受験をしていない友達もいます。
普通の学校生活があります。
家へ帰れば、
普通の家族の時間があります。
そういう、
受験ではない時間
があることも、
我が家では大切だったと思います。
■受験のために「今」を全部犠牲にしない
中学受験は、
将来のためにするものでもあります。
行きたい学校へ行く。
より合う環境を選ぶ。
そういう意味では、
未来に向けた取り組みです。
でも、
未来のためだからといって、
小学6年生の「今」を全部犠牲にする必要はない
と思っています。
友達と過ごす時間。
学校行事。
何でもない休み時間。
小学校最後の一年。
それも、
あとから取り戻すことのできない時間です。
■「受験に必要か」だけで、すべてを判断しない
受験期になると、
何でも、
「それは受験に役立つのか」
という目で見てしまうことがあります。
学校へ行くこと。
遊ぶこと。
休むこと。
友達と話すこと。
でも、
子どもの生活は、
受験に役立つものだけで構成されているわけではありません。
むしろ、
一見受験とは関係のない時間も含めて、
その子の生活です。
だから我が家では、
「受験に直接役立つか」だけを基準に、生活を組み替えない
ようにしていました。
■休むことも、無駄な時間ではない
これは、
学校生活とは少し違いますが、
時間の使い方という意味では同じです。
勉強していない時間を見ると、
親は、
「もったいない」
と思うことがあります。
でも、
休む時間も必要です。
何もしない時間もあります。
テレビを見ることもあります。
ぼーっとすることもあります。
それも含めて、
翌日また勉強するための生活です。
以前の記事で、
子どもの時間は貴重だと書きました。
その貴重な時間を、
全部勉強で埋めることが、最も有効な使い方とは限らない
と思っています。
■中学受験が終われば、小学校卒業はすぐそこ
2月の受験が終われば、
ほどなくして、
小学校卒業です。
6年間通った小学校を離れます。
友達も、
それぞれの進路へ進みます。
中学受験をしている最中は、
2月1日が、
とても大きな日に見えます。
でも、
その少し先には、
小学校生活の終わりもあります。
そう考えると、
直前の数週間も、
受験だけではなく、小学生として過ごす最後の時間
だったのだと思います。
■受験が終わったとき、すぐ普通の生活へ戻れる
普段どおり学校へ通っていたので、
受験が終わったあとも、
特別な切り替えはありません。
また学校へ行く。
友達と会う。
卒業へ向かう。
そのまま、
普通の生活が続きます。
これは、
我が家にとっては、
よかったことの一つだと思います。
受験だけを生活の中心にしすぎなかったから、
受験が終わったあとも、
すぐ次へ進めました。
■もちろん、体調を優先する場面はある
ここまで、
学校へ通ったことを書いてきましたが、
もちろん、
何が何でも学校へ行くべきだ、
という話ではありません。
体調が悪ければ、
休むべきです。
その年の感染症の状況などによっても、
判断は変わると思います。
子どもの状態も、
家庭ごとの事情も違います。
だから、
これも、
「学校へ行くのが正解」
ではありません。
我が家の場合は、
普段どおり通える状態だったので、普段どおり通った。
それだけです。
■小学校生活も、中学受験も、どちらも本人の人生
中学受験をしていると、
どうしても、
受験を最優先に考えたくなります。
でも、
小学校生活も、
本人の人生です。
塾で勉強した時間も、
学校で友達と過ごした時間も、
どちらも同じ小学6年生の時間です。
だから、
どちらか一方だけを、
「大切な時間」
とは考えませんでした。
■中学受験を特別なものにしすぎなかった
二人の中学受験を振り返ると、
我が家では、
できるだけ、
中学受験を生活の中の一つとして扱っていた
のだと思います。
もちろん、
大きな出来事です。
勉強もします。
お金も使います。
親も動きます。
でも、
生活のすべてではありません。
学校へ行く。
友達と過ごす。
家族で普通に暮らす。
その中に、
受験勉強もある。
我が家には、
そのくらいの位置づけが合っていました。
そして、
今振り返ると、
受験のために小学6年生の生活を止めなかったことも、やってよかったことの一つ
だったと思っています。