長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。

次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。

前回は、長女が日能研でどのように勉強を進めていったのかについて書きました。

我が家では、

まずは塾の授業をきちんと受け、塾から与えられた教材をしっかりやる

ということを基本にしていました。

そのため、親が次々に市販の問題集を買い与えるということは、あまりしていません。

ただ、長女が小学6年生のとき、例外的に親が準備した教材が2冊あります。

・『中学への算数 ステップアップ演習』(東京出版)
・前田卓郎先生『特進クラスの算数 難関・超難関校対策問題集』(文英堂)

この2冊です。

■なぜ塾以外の教材に取り組んだのか

長女が小学6年生だった年は、新型コロナウイルスの感染拡大により緊急事態宣言が出され、学校生活や塾の授業も大きな影響を受けました。

一方で、学校への通学や外出などが減ったことで、それまでにはなかったまとまった学習時間を確保できるようにもなりました。

そこで我が家では、

この時間を、単純にたくさんの問題を解くためではなく、算数の問題をじっくり考える時間に使ってみよう

と考えました。

もちろん、日能研の授業や宿題をきちんとやることが最優先です。

そのうえで時間に余裕があるのであれば、普段の学習ではなかなか時間をかけられないような問題にも取り組んでみようと考えました。

難関校の算数では、習った解法をそのまま当てはめれば解ける問題ばかりではありません。

問題を読んで、

「何を使えばよいのだろう」

「どこから考えればよいのだろう」

「別の考え方はないだろうか」

と試行錯誤することも必要です。

そのため、追加するのであれば、ただ問題数を増やす教材ではなく、

一問一問に意味があり、その問題を考えることで何かを身につけられる教材

を選びたいと思っていました。

■『中学への算数 ステップアップ演習』

一冊目が、東京出版の

『中学への算数 ステップアップ演習』

です。

『中学への算数』は難関中学を目指す受験生にはよく知られている教材ですが、我が家では、その中でも体系的に問題に取り組める『ステップアップ演習』を使いました。

日能研で学んだ内容を土台にしながら、少し違った角度から問題を考えてみる。

そして、難関校の算数に必要となる考え方を整理していく。

そうした目的で取り組みました。

■前田卓郎先生の問題集を選んだ理由

もう一冊が、

前田卓郎先生の『特進クラスの算数 難関・超難関校対策問題集』

です。

この問題集を選んだのには、我が家なりの理由がありました。

長女が低学年で希学園に通っていた頃、前田卓郎先生の授業を受ける機会がありました。

その授業の中で、前田先生がいつもおっしゃっていたことがあります。

それは、

「すべての問題には意味がある」

ということです。

難しい問題だけではありません。

一行問題でも同じです。

例えば、低学年で出てくる、

3+8+7+2=

という、ごく普通の計算問題。

単純に左から、

3+8=11
11+7=18
18+2=20

と計算すれば、もちろん答えは20になります。

しかし、この問題には、

(3+7)+(8+2)
=10+10
=20

と、数字の組み合わせに気づき、計算を工夫できるかどうかを確認する意味がある。

前田先生は、そのようなことを普段の授業の中で繰り返し話されていました。

私は授業を見ながら、

「なるほど。問題というのは、ただ正解すればよいものではないのだな」

と思ったことを覚えています。

問題を作った人には、

「この問題を通して、この考え方に気づいてほしい」

という意図がある。

だから、一問を解くことで何を身につけるのかまで考えることが大切なのだと、前田先生の授業から学びました。

■「前田先生が編集した問題集なら」

そのため、小学6年生になって追加教材を探したとき、

前田先生が編集された問題集であれば、一問一問にきちんと意味のある問題が詰まっているのではないか

と考えました。

この一問を解くことで、この考え方を理解する。

次の一問では、別の視点を身につける。

そうした問題が意図を持って並べられているのではないか。

それが、

『特進クラスの算数 難関・超難関校対策問題集』

を選んだ理由です。

単に、

「難関校向けだから」

「難しい問題がたくさん載っているから」

という理由ではありませんでした。

低学年の頃に実際に前田先生の授業を見て、その指導の考え方に納得していたからこそ、

前田先生が選んだ問題なら、一問に時間をかけて取り組む価値があるだろう

と考えました。

■たくさん解くより「この一問から何を学ぶか」

この2冊に取り組むときも、

「何ページまで終わらせる」

「何問解いた」

ということ自体を目的にはしていませんでした。

すぐに解けない問題があっても構いません。

むしろ、

「どうすれば解けるのだろう」

と考える。

別の方法を試してみる。

解説を読んで、

「こういう考え方をするのか」

と理解する。

そして、もう一度自分で解いてみる。

そうした経験の方が大切だと思っていました。

前田先生の、

「すべての問題には意味がある」

という言葉は、長女の問題集を選ぶときにも、我が家の一つの基準になっていたのだと思います。

■あくまで基本は日能研

ここまで書くと、

「日能研の教材だけでは足りなかったから、市販教材を追加した」

ように見えるかもしれません。

しかし、我が家の感覚は少し違います。

基本は最後まで、

日能研の授業を受ける

宿題をする

間違えた問題をやり直す

最後は自分の力で解けるようにする

という学習でした。

その基本をきちんとやったうえで、それでも時間に余裕があったため、この2冊に取り組みました。

もし通常どおり学校生活があり、通学や学校行事などもあったのであれば、無理に追加していなかったかもしれません。

コロナ禍という特殊な状況によって時間ができたからこそ、

その時間を、普段より少し難しい算数についてじっくり考えることに使った

という位置づけです。

■追加教材は多ければよいわけではない

中学受験をしていると、

「あの問題集もやった方がいい」

「この教材も必要らしい」

と、いろいろな情報が入ってきます。

親としては不安になるので、つい教材を増やしたくなります。

ただ、長女の中学受験を終えた今振り返ってみても、

教材は多ければ多いほどよいわけではない

と思っています。

一冊の問題集でも、

「この問題は何を身につけるためにあるのだろう」

と考えながら丁寧に取り組めば、そこから学べることはたくさんあります。

逆に、たくさんの問題集を次々にこなしても、一問一問を十分に理解しないまま進んでしまえば、あまり意味はありません。

我が家が追加した教材は2冊だけでした。

そして、そのうちの一冊を選ぶ基準になったのは、長女が小学1~3年生の頃、希学園で前田卓郎先生から教えていただいた、

「すべての問題には意味がある」

という考え方でした。

桜蔭中学、豊島岡女子学園と受験を終えた今でも、

「何冊やったか」ではなく、「一問から何を学んだか」

という考え方は、中学受験の勉強でとても大切だったと思っています。

現在、長女は高校3年生、次女は中学2年生です。

長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。

次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。

前回は、長女が小学3年生まで通っていた希学園から、小学4年生で日能研へ転塾した理由について書きました。

今回は、

「日能研に入ってから、どのように勉強を進めていたのか」

について振り返ってみたいと思います。

■基本は「日能研の授業をきちんと受ける」

長女が日能研に通い始めてから、我が家で一番大切にしていたことは、とてもシンプルでした。

それは、

日能研の授業をきちんと受けること。

そして、授業で習ったことを、次の授業までにできるだけきちんと自分のものにしておくことです。

中学受験というと、

「どんな参考書を追加したのか」

「塾以外に何をやったのか」

「どこまで先取りしたのか」

といったことが気になるかもしれません。

しかし我が家では、まずは日能研の授業と教材をしっかりやることを基本にしていました。

塾に通っている以上、まず塾で習ったことをきちんと身につける。

そこを中途半端にしたまま、別の教材に手を広げても仕方がないと考えていたからです。

■親がしていたのは「間違えた問題をそのままにしない」こと

では、親は何をしていたのか。

主に見ていたのは、テキストや宿題で間違えた問題です。

宿題をしていて間違えた問題があれば、解説を確認した後、その問題をもう一度解いてもらいました。

大切にしていたのは、

「答えを理解した」で終わらせるのではなく、最後には自分一人の力で解けるようにすること

でした。

一度間違えた問題でも、解説を読めば、

「分かった」

と言うことがあります。

ただ、「分かった」ことと「自分で解ける」ことは同じではありません。

そこで我が家では、次の授業を受けるまでに、宿題として出された問題については、

少なくとも一度は、自分の力だけで最後まで解けたという経験をしておく

ことを意識していました。

間違えた問題であれば、もう一度解く。

それでもできなければ、もう一度確認する。

そして最後は、自分一人で解いてみる。

特別なことをしていたわけではありません。

ただ、

「できなかった問題を、できないまま次へ持ち越さない」

ということだけは大切にしていました。

■「全部完璧にする」という意味ではない

もちろん、中学受験の勉強が進んでくると、問題数も増え、難しい問題も出てきます。

すべての問題を何度も何度も繰り返して、完全に仕上げるという意味ではありません。

限られた時間の中で優先順位をつける必要もあります。

ただ、少なくとも宿題として取り組んだ問題について、

「一度解いて、丸付けをして終わり」

にはしないようにしていました。

間違えたのであれば、

「なぜ間違えたのか」

を確認し、

もう一度自分で解いてみる。

この繰り返しです。

振り返ってみると、この習慣は中学受験の最後まで変わらなかったと思います。

■新しいことより「今、習っていること」

親としても、

「もっと難しい問題をやらせた方がいいのではないか」

「他の教材も使った方がいいのではないか」

と思うことはあります。

特に難関校を目指していると、周囲の家庭が何をしているのかも気になります。

しかし我が家では、できるだけ、

「今、塾で習っていることをきちんと身につける」

ことを優先しました。

日能研の先生が授業で教える。

家で宿題をする。

間違えた問題をやり直す。

自分の力で解けるようになってから、次の授業を受ける。

また新しいことを習う。

この繰り返しです。

文章にすると当たり前のことですが、3年間続けていくとなると、意外と難しいものです。

■親の役割は「教えること」より「学習の流れを整えること」

長女の中学受験を振り返ると、親の役割は、何でも横について教えることではなかったと思います。

それよりも、

授業で習ったことをそのままにせず、次の授業までに一度きちんと整理する。

その学習の流れをつくることでした。

塾の先生に教えてもらう部分と、家庭で復習する部分。

それぞれの役割を分けることで、親がすべてを教えなくても学習を進めることができます。

そして何より、

一度できなかった問題でも、やり直せば自分で解けるようになる。

その経験を積み重ねることが大切だったのではないかと思っています。

桜蔭中学、豊島岡女子学園と受験を進めていった長女ですが、家庭でやっていたことの基本は、実はこのような地道な繰り返しでした。

特別な教材や特別な勉強法というより、

授業をきちんと受ける。
宿題をする。
間違えた問題をやり直す。
最後は自分の力で解く。

まずは、このサイクルを大切にしていました。

現在、長女は高校3年生、次女は中学2年生です。

長女は、
希学園(小学1年~3年)
→日能研(小学4年~6年)を経て中学へ。

次女は、
希学園(小学1年~3年)
→自宅学習(小学4年)
→臨海セミナー(小学5年~6年)を経て中学へ進学しました。

前回は、低学年から通塾した理由と、低学年での塾選びについて書きました。

今回は、

「なぜ長女は小学3年生まで通っていた希学園を離れ、小学4年生から日能研へ転塾したのか」

について振り返ってみたいと思います。

■一番大きかったのは「通塾時間」

長女は、小学1年生から3年生まで希学園に通っていました。

ただ、自宅から希学園までは、片道約1時間30分。

往復すると約3時間かかります。

小学1年生から3年生までは、週1回、土曜日の「最高レベル演習算数」だけを受講していたため、それほど負担には感じていませんでした。

ところが、小学4年生になると授業日数が増え、平日に通塾する機会も出てきます。

そうなると、往復3時間という移動時間はかなり大きなものになります。

我が家では、

「その3時間は、勉強や睡眠、休息に使った方がよいのではないか」

と考えました。

中学受験は、小学6年生まで続く長丁場です。

塾で過ごす時間だけではなく、

「家を出てから帰宅するまでに何時間かかるのか」

まで含めて考える必要があると思っています。

どれほどよい塾であっても、通塾するだけで体力を消耗してしまえば、家庭学習や睡眠にしわ寄せがいきます。

この通塾時間が、転塾を考えた一番大きな理由でした。

■なぜ日能研を選んだのか

小学4年生に上がるタイミングで、長女にはいくつかの塾を実際に経験してもらいました。

SAPIX、四谷大塚、早稲田アカデミー、日能研。

体験授業を受けたり、授業を見学したり、テストを受けたりしながら、

最終的には、

「自分が通いたいと思う塾を自分で選んでもらう」

ことにしました。

このとき我が家が重視したのは、

「どの塾が一番合格実績が高いか」

ということではありませんでした。

それよりも、

「この先生に教えてもらいたい、と本人が思えるかどうか」

を大切にしました。

そして、長女が選んだのが日能研でした。

実際のところ、当時日能研で小学4年生を担当してくださった先生が、もし四谷大塚にいらっしゃったのであれば、我が家は四谷大塚に通っていたと思います。

それくらい、我が家にとっては「塾名」よりも「先生との相性」の方が重要でした。

■「桜蔭を目指すなら、どの塾がよいのか」

中学受験をしていると、

「桜蔭ならSAPIX」

「この学校ならこの塾」

といった話を耳にすることがあります。

もちろん、それぞれの塾にはカリキュラムや教材、志望校対策などに特徴があります。

ただ、我が家では、

一定水準以上の大手塾であれば、最終的に難関校合格のために必要となる学習量そのものに、それほど大きな違いはない

と考えていました。

桜蔭を目指すのであれば、どの塾に通っていても、最終的には相応の勉強をしなければなりません。

「SAPIXに行けば自動的に勉強量が増える」

「日能研なら勉強量が少なくて済む」

という単純なものではないと思います。

だからこそ我が家では、

塾のブランドよりも、

本人が先生を信頼できること。
授業を受けたいと思えること。
無理なく通い続けられること。

を重視しました。

結果として、長女には日能研が合っていたのだと思います。

■近くに希学園があったら、6年生まで通っていたか?

これは、おそらく通っていたと思います。

希学園の指導力については、今振り返っても本当に素晴らしかったと感じています。

授業の内容はもちろんですが、先生方の熱意や子どもへの接し方についても、多くのことを学ばせてもらいました。

当時、希学園に徒歩や短時間で通えるご家庭を見て、

「近くに住んでいて羨ましいな」

と思ったことも何度もあります。

ですので、長女が希学園から日能研へ転塾したのは、

希学園に不満があったからではありません。

むしろ逆で、

「通える距離にあったなら、そのまま6年生まで通わせたかった」

というのが本音です。

ただ、中学受験は塾の授業だけで完結するものではありません。

家庭学習、睡眠、食事、学校生活、そして移動時間。

それらをすべて含めて、6年生まで無理なく続けられる環境をつくることが大切だと思います。

我が家にとっては、

「よい塾を選ぶこと」と同じくらい、「無理なく通える塾を選ぶこと」も重要だった

ということです。

そしてもう一つ。

どこの塾に通うか以上に、

「本人が、この先生から習いたいと思えるかどうか」

を大切にしてよかったと、今でも思っています。

次回は、長女が日能研でどのように中学受験を進めていったのか、その後の塾との付き合い方について振り返ってみたいと思います。