信じるものがバカをみるのか?(笑)
朝から天気予報をみるのが日課である。
何年か前から各放送局が独自に天気予報を発表して良くなった。気象庁の出す大本営発表ではなくなった。
さすがに 難しい試験をパスして気象予報士になった人ばかりが予報を出すのだから、かけ離れた予報というのはない。それでも雨の確率とか最高気温などが放送局の予報士によって微妙に違う。
今朝は各社、札幌の予報を「晴れ」て「最高気温は21℃くらい」としていた。
オレはそれに合わせて半袖のインナーにして、股引も脱いだ。
馬を馬車につないでいる時に「寒いなー」と思ってはいたのだが、午後からピカッと晴れて暑くなるであろうと心待ちにしていた。
しかし、いつまで経っても太陽は出て来ない。
半袖シャツと股引なしは外の仕事をするには寒すぎた一日。
信じたオレが悪いのか?
昼からご出勤の社長は「俺はたくさん着ているから寒くないぞ」と笑顔だ。
北海道の放送局の予報士に告ぐ。
今日の予報は外れである。完全に外れである。
それでも、何度予報士の予報が外れようと、自分では予報できないオレは、明日の朝また各社の天気予報を見るだろう。そして、その予報にすがって長袖にしたり股引をはいたりするのだ。
明日の予報では現在のところ札幌は「27℃」になるという。
長袖シャツと股引装着なら汗だくだろう。
何年か前から各放送局が独自に天気予報を発表して良くなった。気象庁の出す大本営発表ではなくなった。
さすがに 難しい試験をパスして気象予報士になった人ばかりが予報を出すのだから、かけ離れた予報というのはない。それでも雨の確率とか最高気温などが放送局の予報士によって微妙に違う。
今朝は各社、札幌の予報を「晴れ」て「最高気温は21℃くらい」としていた。
オレはそれに合わせて半袖のインナーにして、股引も脱いだ。
馬を馬車につないでいる時に「寒いなー」と思ってはいたのだが、午後からピカッと晴れて暑くなるであろうと心待ちにしていた。
しかし、いつまで経っても太陽は出て来ない。
半袖シャツと股引なしは外の仕事をするには寒すぎた一日。
信じたオレが悪いのか?
昼からご出勤の社長は「俺はたくさん着ているから寒くないぞ」と笑顔だ。
北海道の放送局の予報士に告ぐ。
今日の予報は外れである。完全に外れである。
それでも、何度予報士の予報が外れようと、自分では予報できないオレは、明日の朝また各社の天気予報を見るだろう。そして、その予報にすがって長袖にしたり股引をはいたりするのだ。
明日の予報では現在のところ札幌は「27℃」になるという。
長袖シャツと股引装着なら汗だくだろう。
光市母子殺害事件
光市母子殺害事件の差し戻し控訴審の判決が出た。
元少年の被告に対する判決は死刑。
事件が起きてから9年。
遺族の本村洋さんは32歳になった。
その貴重な20代のほとんどをこの事件の裁判の行方を追うということに費やした本村さん。
そしてこれからの人生も亡くなった奥様と子供さんの鎮魂に費やさねばならない彼の人生。
記者会見の彼の言葉。
「社会にとってみれば事件をめぐり私の妻と娘、そして被告の3人の命が奪われることになるわけで、これは明らかに社会にとって不利益なことです。」
本村さんは被告に死刑という重い刑罰が下されるようにと願っていたが、この判決を聞いて満足してはいるが喜んではいない。
この世の中から人の命が奪われるということがなくなる、そんな日が来ることを望んでいる。
それはとても難しいものだろうけど、そうなるように常に希望を持ち続けて行かなければならない。
理想がなければ、明るい未来もない。
オレは人間を殺めた者は少なくとも己の命をもって償うべきと考える。
だから今回の判決はしごく当然の結果である。
人を殺したことを認めながら、許して下さい等と命乞いをするなど、人間として考えられない。
オレは過失で人を殺める結果となったとしても、己の命をもって罪を償うべきとさえ思う。
(まぁ、これは自分でも厳しすぎだとは思うが)
法律は社会の規範である。
人々が暮らす社会を良くする為に法律はあるのだ。
罪もない人を殺せば、当然殺した人間も社会によって殺される。
それが摂理だ。
本村さんにとっても長い9年間だったろうが、我々傍聴する者にとっても様々なことを考えさせられる9年間だった。
本村さんの立場に自分を置き換えて考えてみる。
オレなら彼のように立派な振舞いはできなかったろう。
無期懲役の判決を受けて服役し、何年か後に出所してくるであろう元少年をいつか自分の手で天誅を加えるべく、虎視眈々と日々を暮らしているのではないか?
それが本当に正しい方策なのかと妻と娘の霊前に座り繰り返し問い続けるだろうか?
本村さんの亡き愛娘は5月に誕生日を迎えると、オレの次女と同じ10歳になるはずだった。
すっかり大人びた口をきくようになった次女を見ながら、改めて被害者のお二人の冥福を祈った。
元少年の被告に対する判決は死刑。
事件が起きてから9年。
遺族の本村洋さんは32歳になった。
その貴重な20代のほとんどをこの事件の裁判の行方を追うということに費やした本村さん。
そしてこれからの人生も亡くなった奥様と子供さんの鎮魂に費やさねばならない彼の人生。
記者会見の彼の言葉。
「社会にとってみれば事件をめぐり私の妻と娘、そして被告の3人の命が奪われることになるわけで、これは明らかに社会にとって不利益なことです。」
本村さんは被告に死刑という重い刑罰が下されるようにと願っていたが、この判決を聞いて満足してはいるが喜んではいない。
この世の中から人の命が奪われるということがなくなる、そんな日が来ることを望んでいる。
それはとても難しいものだろうけど、そうなるように常に希望を持ち続けて行かなければならない。
理想がなければ、明るい未来もない。
オレは人間を殺めた者は少なくとも己の命をもって償うべきと考える。
だから今回の判決はしごく当然の結果である。
人を殺したことを認めながら、許して下さい等と命乞いをするなど、人間として考えられない。
オレは過失で人を殺める結果となったとしても、己の命をもって罪を償うべきとさえ思う。
(まぁ、これは自分でも厳しすぎだとは思うが)
法律は社会の規範である。
人々が暮らす社会を良くする為に法律はあるのだ。
罪もない人を殺せば、当然殺した人間も社会によって殺される。
それが摂理だ。
本村さんにとっても長い9年間だったろうが、我々傍聴する者にとっても様々なことを考えさせられる9年間だった。
本村さんの立場に自分を置き換えて考えてみる。
オレなら彼のように立派な振舞いはできなかったろう。
無期懲役の判決を受けて服役し、何年か後に出所してくるであろう元少年をいつか自分の手で天誅を加えるべく、虎視眈々と日々を暮らしているのではないか?
それが本当に正しい方策なのかと妻と娘の霊前に座り繰り返し問い続けるだろうか?
本村さんの亡き愛娘は5月に誕生日を迎えると、オレの次女と同じ10歳になるはずだった。
すっかり大人びた口をきくようになった次女を見ながら、改めて被害者のお二人の冥福を祈った。
感動のお立ち台
4月19日 対ホークス戦で殊勲の初アーチを放ち、チームを勝利に導いた佐藤吉宏選手(背番号55)のヒーローインタビューを見た。
「本当に今まで・・・・・みんなに支えられて・・・たくさん応援してもらって・・・日本ハムのチームにも、ずっと芽が出なかったのに・・・見捨てないで使ってもらって・・・すごく感謝してます、ホント感謝してます、ありがとうございました。」
佐藤選手の人柄がにじみ出るいいインタビューだった。感動してしまった。
やはり人間、周りへの感謝を忘れたらダメだよね。
「本当に今まで・・・・・みんなに支えられて・・・たくさん応援してもらって・・・日本ハムのチームにも、ずっと芽が出なかったのに・・・見捨てないで使ってもらって・・・すごく感謝してます、ホント感謝してます、ありがとうございました。」
佐藤選手の人柄がにじみ出るいいインタビューだった。感動してしまった。
やはり人間、周りへの感謝を忘れたらダメだよね。
春の味 Part2
10日ほど前にふきのとう味噌を作ってみたのだが、予想以上に無くなるのが早い。どう考えてもあの苦みは大人の味なのだが、我が家の中学2年生も小学5年生も結構食べている。胡瓜やセロリにつけて食べるもんだから、そりゃ消費も早い。
春といえば山菜が採れ始める。
オレも前職の時にはお客さんからタケノコや根わさび、ギョウジャニンニクなんかをよくいただいたものだが、この仕事になってから手に入ることもなくなった。
いただいていた時にはありがたみなどあまりわからなかったが、手に入らなくなってみると妙に食べたくなるものだ。
最近は馬の運動の時にその背中の上から目を凝らして根わさびの生えていそうなところを探していたのだが、ハタと気がついた。
「オレは根わさびがどんな様子で植わっているのかを知らない..._| ̄|○ 」
子供の頃、自宅近くの川っぷちに友達と根わさびを採りに行ったものだ。その時はどれが根わさびの葉なのかわかっていたはずだ。だって採っていたんだからな。
よくいただいた根わさびの葉っぱの形も知っている。しかし、植わっているところが思い出せないのだ。
だから馬上からいくら目を凝らしてもオレに根わさびは見つけられないのだ。
しかし、人間心の底から願うと、想いは叶うものだということがわかった。
今日、仕事場に遊びに来られたお客さんに「根わさび食べたいんだけど、どんな葉っぱかわからなくてねぇ」と話していたら、「これがそうだよ」と教えてくれた。
掘ってみたら、本当に根わさびだった。
会いたかったよ、根わさび~(T_T)
というわけで、今日の収穫である。↓

帰宅して早速摺り下ろして酒のつまみにする。
う~ん、この何とも言えない辛味。
これぞ春の味。
大人の味なのだが...。

あー、やっぱりうちの子供らが寄ってきた。
この根わさびの消費もさぞ早いことだろう..._| ̄|○
春といえば山菜が採れ始める。
オレも前職の時にはお客さんからタケノコや根わさび、ギョウジャニンニクなんかをよくいただいたものだが、この仕事になってから手に入ることもなくなった。
いただいていた時にはありがたみなどあまりわからなかったが、手に入らなくなってみると妙に食べたくなるものだ。
最近は馬の運動の時にその背中の上から目を凝らして根わさびの生えていそうなところを探していたのだが、ハタと気がついた。
「オレは根わさびがどんな様子で植わっているのかを知らない..._| ̄|○ 」
子供の頃、自宅近くの川っぷちに友達と根わさびを採りに行ったものだ。その時はどれが根わさびの葉なのかわかっていたはずだ。だって採っていたんだからな。
よくいただいた根わさびの葉っぱの形も知っている。しかし、植わっているところが思い出せないのだ。
だから馬上からいくら目を凝らしてもオレに根わさびは見つけられないのだ。
しかし、人間心の底から願うと、想いは叶うものだということがわかった。
今日、仕事場に遊びに来られたお客さんに「根わさび食べたいんだけど、どんな葉っぱかわからなくてねぇ」と話していたら、「これがそうだよ」と教えてくれた。
掘ってみたら、本当に根わさびだった。
会いたかったよ、根わさび~(T_T)
というわけで、今日の収穫である。↓

帰宅して早速摺り下ろして酒のつまみにする。
う~ん、この何とも言えない辛味。
これぞ春の味。
大人の味なのだが...。

あー、やっぱりうちの子供らが寄ってきた。
この根わさびの消費もさぞ早いことだろう..._| ̄|○