こんにちは。
今月、劇団四季の新作ミュージカル「アナと雪の女王」も見に行ってきました。
四季劇場[春]・・・というかウォーターズ竹芝初めて行きました。
しばらく四季、見ていませんでしたもんで。
汐留の海劇場に、コロナ禍直前にアラジン行ったぶりかな。
一年半も見てなかったのか~・・・会員の意味が無かったな。もったいない。
時々もう止めようかな~と思ったりもするんですが、
四季は会員先行(特に電話予約)はわりとガチめの前列席取れるから・・・本気で見たければやはり会員でいないとなんだよなぁ。
一方あまりお友達になってくれない某会さんは、入ってないと東京劇場ではマジで締め出されるからなぁ。チケット、今日もまた、品切れ、どうして・・・。
四季劇場[春][秋]が入っているウォーターズ竹芝、場所は変わらず浜松町から徒歩5分くらい。
建物内にいくつか飲食店あるのいいなぁ。始まる前とか終演後、パッと入れて便利そう。
さて、以下はネタバレありの個人的な感想です。
そこそこ批判的な内容も含まれますので、ご理解の上、お願いします。
(ミュージカルのアナ雪が好きな方は、読まないことをお勧めします・・・。)
ミュージカル「アナと雪の女王」感想
前提として、アナ雪のアニメーション映画がめちゃくちゃ好きでして。
ついでに言うと、私は1がめちゃくちゃ好きで、2は虚無感と喪失感にさいなまれました。
2を賞賛している人の意見もわかります。が、私はエルサとアナには一緒にいてほしかった派なので、2は結構辛いものがありました。(実際マイノリティの知人たちと話した際も、意見が割れていました。2の自身の個性を発揮していく姿に好感を持ったという意見もあれば、結局いわゆる”ノーマル”な人とは同じ社会の中で共に生きていけないんだなと感じたという意見もあり。私個人としては、「愛さえあれば」で言う通り、どんな人間でも完璧ではない、だから補い合えばいいっていう理想論にさえ聞こえるテーマを描いたところに価値を感じたので、やっぱり2はそこから逸脱してしまったように感じて寂しいのです。)
ミュージカルは1までの話なので、観劇時はエルサとアナが一緒にいるというだけで尊さバーンでして、子供時代のエルサとアナを見ても泣くし、最後も感動して泣くしで。ロペス夫妻の美しいナンバーに、四季キャストの生歌で聞けるなんて、それだけでまずありがてぇ、ありがてぇ、となってしまいます。
一方で、演出・・・というか舞台化としてのクオリティは、けして手放しに誉められんなぁ・・・などと感じています。
良いところももちろんあるし、1回は見といていいと思うけど、まぁ何年かに1度観れたらいいかな・・・って感じ。
まぁあとそもそも原作がメッチャ好きなら見ていいと思う。
●舞台化の意味
ミュージカルは、2018年にブロードウェイで観劇していたので、今回はちょうど丸3年ぶりくらいに見ました。
で、初観劇時も感じたのですが、映画から想像できる範疇の舞台演出だな、と思ってしまいました。
なにも、真新しいことが無い。舞台化する意味があまりないなあと感じました。(四季は「想像を超えてくる」を宣伝の売り文句にしてるので、余計?ってなってしまう・・・)
実際ブロードウェイで見た時も、まだブロードウェイで始まって間もないというのに、
チケット価格(あちらは演目によって金額全然違うし、席で細かく金額分かれる)はそんな高くないし、直前でも取れたので、「おや・・・?」と思いました。
そして観劇して、妙に納得してしまった。WDWのパーク内で観られるショーに毛が生えたくらいのクオリティかな・・・と個人的には思ってしまった。
想像の範囲を超えない、よく言えば原作に忠実・・これは映画の実写化では時に歓迎される要素でもあるんですけど、舞台化では、やはりプラスアルファを求めてしまうかなぁ。
それこそノートルダムの鐘はテーマの深度が格段にレベルアップしてるし舞台全体が大聖堂で見える形でコーラス配置して・・・とか、ライオンキングも動物の表現を3次元でやる視覚的な新しさとか・・・やはりアニメーション映画から一歩新しい表現があるわけですよ。
アナ雪は、”そのまま”なんですよね。アニメーション映画より尺が長いから、戴冠式前をがっつり描いたりとか、家族愛にフューチャーしたり追加ナンバーつくったり。でも家族愛の描写は想像できる範囲の肉付けであるし、追加ナンバーも映画以上に印象的なものはないし、ビックナンバーのlet it goのシーンも大掛かりな舞台装置で派手にやるわけでもなし・・・。
家族愛って、まぁ、そうなんだけど・・・アナ雪があれだけあの時代爆発的に流行ったのってマイノリティへの理解というテーマがあると思ってて、「愛さえあれば」ってナンバーが活きて、最終的にハンス・クリストフという二重のかませを経て愛の多様性を示すあの結末なんやろぃって思ってしまうんじゃなぁ・・・。シンプルな家族愛ではなく、もっと多重的に意味を持たせてる、アナ雪ってそういう作品やと思うんだけど・・・。そういう部分の強化は、舞台化では感じられなかったかな。
●特に気になった点
・「Frozen Heart(氷の心)」が省略された点
映画で、冒頭の氷の掘削作業してる人夫たちのナンバーです。
ミュージカル化にあたって、省かれてしまいました。尺がむしろ伸びたのに、なぜあえて省いたんだろう・・・。わからぬ・・・。
このナンバー、歌詞を見ると、この作品においてめちゃくちゃ重要だと思ってるんですけど。これから起こる物語、エルサの人物像と魔法の力の性質、地理的にどんな舞台かを示す、オープニングとして優秀すぎる詩なのに・・・やっぱりここにも、手っ取り早く幼少時代のシーンを始めたかった、家族の描写をわかりやすい形で重視した弊害が出ていると思います。
これ省くと戴冠式の日にクリストフが氷売ってるのも唐突やないかと思ってしまう・・・。
そもそも、迫力あって超かっこいい曲なので、四季アンサンブルで生歌で聞きたかった・・・ってのもあります。
・「とびら開けて」の舞台上のシンプルさ
マジで何も無いすっきりした舞台で、展開されます。
ここは、しっかり作ってほしかった~。映画でも、場内をいろいろ回って最終的に屋外行って滝みたいな。画面が変わっていく華やかさがあると思うんですけど。
何も無い反動なのか、やたらアクロバティックなダンスをするという・・・よく分からん。このシーンのためだけに滝出せとは言わんが、もう少し舞台装置工夫してほしかったな。
・「Let It Go」の演出
ここは一番派手な舞台装置を使うべきでは・・・?って思ってしまう。
「とびら開けて」もそうだけど、舞台装置がシンプル、というか使わない!みたいな思い切り、なんなんだろう・・・。
ディズニーファン最新号の記事には本物のスワロフスキーで輝きにこだわった云々と書かれてたりも見ましたが、いやそれはそれで結構なのだけど。
映画でも氷のお城ができていく迫力ある立体感が良いんだけど・・・氷の橋も映像で済ませてしまうのか・・・・四季専用劇場なんだから盆とか使えないのかな。(いやまあそもそもBWでやったの輸入してるから変えようがないんだけども)
劇団四季は専用劇場なのが強みなんだから・・・オペラ座の怪人のシャンデリアやウィキッドのドラゴンとか派手で迫力ある装置とかと比べてしまう。そこってやっぱ3次元の舞台作品ならではの価値だと思う。一方で美女と野獣の魔法が解けるシーンとかアラジンの魔法の絨毯とか、「えっ!?一体どんな仕組み!?」って驚かせる装置とかも、舞台化ならではの価値。アナ雪には、そのどちらも・・・・・ないんだよな・・・・・。
あと謎なのがティアラは投げ捨てないとこ。うーん、ここは抑圧から解き放たれて女王の責務を蹴っ飛ばすシーンだから、捨ててくれ^^
・クリストフが戻ってくるシーンの省略
クリストフが城にアナを送り届けた後、戻ってくる意志を示すシーンが無いのです。(原作映画では暗雲たちこめるアレンデールを見て戻る描写があるアレです)
暖炉を消されたアナのところにオラフが来て、なんと、窓から「あ、クリストフ戻ってくる!」で済ませられてしもうた・・・。いや、愛に気づいたのは送り届けた時わかるけど、なんで戻ってくるの?ってなる。
あれが無いとアナを救うのがハンス→クリストフっていうミスリードが弱まってしまうやないかい。その二重のかませがエルサの愛を引き立てると思っているので・・・クリストフの描写の雑さにちょっと残念に思ってしまう。
とまぁボコボコに感想を書いてしまいましたが、アナ雪のストーリーとキャラクターが大好きなので、多分2~3年後また見に行くと思います。(おいぃ)
もちろん良い点もありました。とくに子供時代が丁寧に描かれたことで、アナが世間知らずで思慮浅いキャラというよりは、孤独に一人苦しんでいて(なぜ遠ざけるのか父親に聞いても教えてくれない等の発言とか)、ハンスに騙されるのも必然だな・・・っと感じました。
ちなみに、グッズはブロードウェイの劇場より断然種類豊富。やはり日本はお土産文化なのかな。
人気なものは売り切れてましたね。コンパクトミラーとか、エルサアナ二人のデザインのハンカチとか。ハンカチは狙っていたので、残念。
夏休みなのもあり、子どもさんが多かった^^
大人の目線でいろいろグダグダと感じてしまうので、子どもさんのぴゅあーな感想を聞いて自分を浄化させたいですな・・・。
ではこのへんで。