シャープ問題に見る「戦後、我々が失ったもの」の大きさとその克服の難しさ | ビジネスからライフまで。

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仕事の追々で感じたこと、会った人などを徒然なるままに認めました。

シャープと台湾・鴻海精密工業との交渉の経緯についてはあっけにとられた感があるようですが、鴻海精密工業と言う企業が世界的な大企業である事を初めて知った人も多かったのではないでしょうか。かく言う私もこれまで鴻海精密工業の名を知らなかった口です。この経緯に関しては今後幾度も紆余曲折が予想されますが、しかしハッピーエンディングはとても迎えられない事は素人でも予想がつきます。しかし銀行関係の方とお話しをしているとシャープなどよりもっと悲惨な状況の大企業がいくつもあるのだと言います。例えば昨今採り立たされるのはNECですが、これはシャープよりも深刻だとする関係者も少なくありません。擁護派はまだNECの首脳陣の経営判断が働いているとしますが、DRAMやエルピーダメモリなど、不採算事業を本体から切り離したと言われても、そんな事は経営陣なら分かって当然の事で、要は事業で稼ぐことができなかった事にあるので擁護派の意見は信用に足るものではありません。しかし企業の業績を裏から見る立場にある銀行筋から「末期的大企業病に陥った大企業が、日本にはまだ半ダース以上ある」と聞くと背筋が凍るように感じます。


 


 シャープの話では関連の下請け企業などが大被害を被ると言うのを聞きますが、関西では伝統的に電気機械業界と繊維業界の関わりは、その資金面で決して浅いものではなく、シャープが最悪の経過を辿ればアパレル業界への影響も無視できない規模になると予想されています。


 


 アパレル業界で見ると日本には「ユニクロ」や「しまむら」などがあるので安定しているかに見えますが、これらは極めて一部の事でそれ以外にはと問えばお寒い限りです。同じアジアで見ても香港の「シャンハイ・タン」はデヴィッド・タンが設立したブティックですが、その感度の高さからカルティエなどで有名なリシュモン・グループに入りましたし、同じようにチャールズ・ウォンとキース・ウォンが立ち上げたシューズ、バッグで有名な「チャールズ&キース」はLVMHグループに入りましたが、いずれもその感度の高さは日本企業の追従を許しません。


 


 日本がこれまでの繁栄を失い「失われた20年」を序章としてさらに「失われた半世紀」を迎える可能性は極めて高いものとなって来ています。先の戦争で「優秀な者を大量に失った国家」と「自国の歴史、文化に対する誇りや知識」を失った民族へのボディブローは60年の時間を越えて、じっくり効いてきているのでしょう。しかし未だに大企業病だの公務員病だの、国家的病が治まらない状況を見るにつれ、私達が戦後失ったものの大きさを感じ、それを取り戻すまでの道程の長さに惨憺たる気持ちを感じざるを得ません。