第8話「小牧山 後編」
再建された天守の真下までやってきた秀吉は、大きな声を張り上げた
「おしりぺーんぺん!」
後から追ってきた直政と早雲はあきれ顔で、尻を突き出した秀吉を見つめている
何をやっとるんじゃ、あの男は。早雲は直政に同意を求めるべく、顔を見るが、かの直政の顔は微笑んでいるようにみえた
「おぬし、意外にああゆう下品なのが好きなんじゃな」
早雲は呆れていう。直政はその視線を外すことなく返す
「否。あれはまさに秀吉殿らしさじゃ」
早雲は首をかしげる
小牧・長久手の戦いにおいて、小焼山の城に陣を構えた家康は、秀吉に攻め込まれようとも一向に動く気配はなかった
秀吉は城塁を普請し、家康を挑発するが、それでも家康は動じず、膠着状態が続いた
先に動いた方の負け
それは、秀吉、家康双方の見解であった
互いに小さな挑発を繰り返す中、事態は進展せず、ただ時間だけが過ぎていった
そんな中、動いたのが秀吉である
一人馬に乗り、城門までやってきた
家康軍は目を疑ったが、そこにいるのは間違いなく秀吉であった。当時、独特の唐冠形の兜と、孔雀の尾が玉虫色に光る陣羽織を身に着けた秀吉の姿はだれの目にも一目瞭然であったのだ
あっけにとられた家康軍をよそに、秀吉が発した言葉こそ、
「おしりぺんぺん」
であったというのだ
このとき、直政は赤備えの軍を率い、長久手の戦いに備えていたため、直接その様子を目にすることはなく、のちのち家康の口から笑い話として聞かされたのを覚えている
三河の品行方正な武士たちはあっけにとられたのち、そのあまりに下劣な行いに激昴し、次々に矢玉を浴びせかけた
しかし、秀吉には当たることはなかった
天下を治める人間にはそんなものはあたりはしない、というようなことを言い、笑いながらその場を去っていったのは、三河武士たちをより逆撫でした
その中で唯一笑っていたのが家康だった
家康がこのとき、なぜ笑っていたのか、本人が口にすることはなかったが、下ネタが好き、といったそぶりは見せたことがないゆえ、家臣たちはその様子を訝しげに見つめていたらしい
秀吉の声が響き渡り、しばらくの静寂があった
そして、そのあと、城郭から次々に鉄砲が向けられた
直政と早雲は慌てて退散しようとするが、秀吉は動じない
「一同、銃をおさめよ」
声と同時に城門が開く
「相変わらず、品行下劣でござりますなあ」
「おぬしがなぜここに?」直政が目を丸くする
そこから姿を現したのは、徳川四天王が一人、榊原康政であった
「殿より、小牧山で秀吉殿を待ち受けるように仰せつかった次第」
「殿が!?」
「で、その家康はどこにおるんじゃ」早雲が直政を盾に近づきながら尋ねる
「殿はすでにここを立たれた」
「康政よ、説明してもらおうかのう」
「中に入られよ」
康政は天守の中に入っていった
「罠、ではないのか?」早雲は秀吉にいう
「なぜ康政殿がそのようなことを!」
「鬼が出るか蛇が出るか、どちらにせよ、ほかに道はあるまい」
康政の後を追う秀吉の顔はどこか楽しそうであった
(つづく)
再建された天守の真下までやってきた秀吉は、大きな声を張り上げた
「おしりぺーんぺん!」
後から追ってきた直政と早雲はあきれ顔で、尻を突き出した秀吉を見つめている
何をやっとるんじゃ、あの男は。早雲は直政に同意を求めるべく、顔を見るが、かの直政の顔は微笑んでいるようにみえた
「おぬし、意外にああゆう下品なのが好きなんじゃな」
早雲は呆れていう。直政はその視線を外すことなく返す
「否。あれはまさに秀吉殿らしさじゃ」
早雲は首をかしげる
小牧・長久手の戦いにおいて、小焼山の城に陣を構えた家康は、秀吉に攻め込まれようとも一向に動く気配はなかった
秀吉は城塁を普請し、家康を挑発するが、それでも家康は動じず、膠着状態が続いた
先に動いた方の負け
それは、秀吉、家康双方の見解であった
互いに小さな挑発を繰り返す中、事態は進展せず、ただ時間だけが過ぎていった
そんな中、動いたのが秀吉である
一人馬に乗り、城門までやってきた
家康軍は目を疑ったが、そこにいるのは間違いなく秀吉であった。当時、独特の唐冠形の兜と、孔雀の尾が玉虫色に光る陣羽織を身に着けた秀吉の姿はだれの目にも一目瞭然であったのだ
あっけにとられた家康軍をよそに、秀吉が発した言葉こそ、
「おしりぺんぺん」
であったというのだ
このとき、直政は赤備えの軍を率い、長久手の戦いに備えていたため、直接その様子を目にすることはなく、のちのち家康の口から笑い話として聞かされたのを覚えている
三河の品行方正な武士たちはあっけにとられたのち、そのあまりに下劣な行いに激昴し、次々に矢玉を浴びせかけた
しかし、秀吉には当たることはなかった
天下を治める人間にはそんなものはあたりはしない、というようなことを言い、笑いながらその場を去っていったのは、三河武士たちをより逆撫でした
その中で唯一笑っていたのが家康だった
家康がこのとき、なぜ笑っていたのか、本人が口にすることはなかったが、下ネタが好き、といったそぶりは見せたことがないゆえ、家臣たちはその様子を訝しげに見つめていたらしい
秀吉の声が響き渡り、しばらくの静寂があった
そして、そのあと、城郭から次々に鉄砲が向けられた
直政と早雲は慌てて退散しようとするが、秀吉は動じない
「一同、銃をおさめよ」
声と同時に城門が開く
「相変わらず、品行下劣でござりますなあ」
「おぬしがなぜここに?」直政が目を丸くする
そこから姿を現したのは、徳川四天王が一人、榊原康政であった
「殿より、小牧山で秀吉殿を待ち受けるように仰せつかった次第」
「殿が!?」
「で、その家康はどこにおるんじゃ」早雲が直政を盾に近づきながら尋ねる
「殿はすでにここを立たれた」
「康政よ、説明してもらおうかのう」
「中に入られよ」
康政は天守の中に入っていった
「罠、ではないのか?」早雲は秀吉にいう
「なぜ康政殿がそのようなことを!」
「鬼が出るか蛇が出るか、どちらにせよ、ほかに道はあるまい」
康政の後を追う秀吉の顔はどこか楽しそうであった
(つづく)