第2話「本能寺 後編」



一人目は正面から太刀を袈裟に斬り込んできた。秀吉は上半身を右に揺らし避ける

間もなく二人目が背面より突きかかってくる

前回りに受け身を取り、かかってきた三人目に牽制をかける

隙のできた手前に進み、お堂を背に、四人に対峙する

さほどの手練れではないようだ

秀吉は懐に手を当てる

刀は置いてきた。こんな時代だから、帯刀もしていられない。というよりも、必要はにないと思っていたのだが。どうやら、平和惚けが過ぎたらしい

今あるのは暑さを紛らわす程度の扇子のみ

仕方あるまい

扇子を取り、勢いよく広げた

敵は一瞬怯み、すぐさまこちらに牽制をしかけてきた

「暑いのう」

秀吉は気だるそうに扇子を仰ぐ

「なめやがって」

敵は思わず声を漏らす

「…なるほどのう」

そう言うと秀吉は扇子を天に掲げ構えた

「ほれ、かかってきやあ」

秀吉の態度に苛立ちを隠せない敵は一斉に秀吉に斬りかかる

その刹那、秀吉は扇子を畳み、一人目の顎を突き、そのまま二人目を足払いでかわし、三人目に肘鉄を打ち込む

四人目の斬撃を間一髪でかわすと、扇子を放る

四人目は扇子を切り払う

秀吉はその隙に門を抜け、逃げだすのであった





しばらく走った

建物の隙間に狭い路地を見つけ入り込み、切れた息を殺し、闇夜に紛れ身を隠す

腹を擦ると、わずかに血が滲んでいることがわかった

「かすったか」

わしとしたことが。秀吉は苦笑いを浮かべる

戦国時代ならば、あの程度の応酬であれば、容易に退けたであろう

現世に蘇り、鍛練を怠った結果か

この様では殿になんと言われるだろう

人の走る足音が聞こえ、息を飲む

だんだんと近づいてくる

このままではまずい

身を縮める秀吉の前に、鳥が近づいてくる

動くなよ

願うように鳥を見つめる

しかし、鳥は顔を寄せ、秀吉をつつきだした

必死に声が漏れるのをこらえ、顔をくねらせる

たえかねて、左手で鳥を引き離そうとすると、鳥は羽音をたてて羽ばたいていった

しまった

羽音に気付き、足音がこちらに近づいてくる



刺客たちが羽音の出所へたどり着くと、そこには犬が小便をしているところだった

「行くぞ」

すぐさま、道を戻り、通りをかけていく

気配の去った路地で、秀吉は安堵の笑みを浮かべる

秀吉は壁と壁をつたい、刺客の頭上に身を潜めていた

辺りもろくに確認せんとは、おそらく素人であろう

ゆっくり地に降り立つと、

「騒がしたのう」

と犬に声をかけ、路地の奥に去っていった



「又左(利家)の言っておったのはこのことじゃろうか」

思いを巡らせる

誰が?

何のために?

思い当たる節はない

なぜわしを?

いや、人の恨みは幾重となくかってきた。狙われる筋合いは充分だ

じゃが、現世で、しかも蘇って何年も経って今さら

悩んでも答えはでそうにないので、秀吉は考えるのをやめた

そこに人影が忍び寄る

「秀吉様」

黒装束に身を包んだ小柄な体格をさらに縮めるようにひかえ、かすれかかった声で語りかける

「ご無事でしたか」

「糸よ、ちと遅かったのう」秀吉は嫌みたらしく返す

「あの程度の手勢、秀吉様でしたら問題ないかと」

「見ておったのか?まったく、お主というやつは。それでも響談のはしくれか」

「なにぶん、はしくれなもので、まっとうに忍道を学んでおらんのですわ」

減らず口を言わせたら、秀吉に敵うものは世界に二人しかないない。妻のお寧と、糸である

「して、奴らは?」

「現世のもののようです」糸はいう

現世の者に狙われる筋合いを探るが、思い当たらない

現世に武将が蘇り、迷惑を被っているものがいるのであろうか

もしかしたら、我が宿敵たちの末裔が、先祖の敵にと…

そこまで考えて首を横に振る

わからぬことを勘ぐっても仕方あるまい

今は、唯一、てかがけを知っていそうな者に聞くしかないだろう

「糸、又左の元へむかう」

「最終の新幹線の切符でございます」糸は乗車券を差し出していう

「…できる!」

「これが領収証です」

「…世知辛いのう」

かくして、秀吉は、前田利家のもとへ向かうのであった

(つづく)