皆の者達者であるか?

大ふへん者前田慶次じゃ!


我が日記帳開き大義。


振り返るか。長いぞ。


最近知った者よ
本年度は我等名古屋おもてなし武将隊結成十周年という節目であった。
二〇一九年四月一日〜今日迄を名古屋おもてなし武将隊十周年と掲げ戦働きに精を出した。


正に明智光秀様の如き叩き上げの
新たな総軍師が気を込めて立ち向かう一年である事を告げられ、我としても歯痒い戦を現状を何年も肌で感じてきた。



この一年が此の先の武将隊を左右すると。
好機。


取り組みは皆が知っての通り。


名古屋市表敬から始まった。
世に我等は十周年である事をまずは報さねば。


名古屋城に来る者にしか知らん。では不味かろう
名古屋の大使としては。



儂としては腹を決めておる部分もあった。
人はいつ天命を果たすか分からぬ。
明日死ぬかもしれぬ。乱世も現世も同じ。
そう思う故に

主等と
儂は桜を見るのは最後かも知れぬ。と
毎年申しておる。


儂が出立するか否かを勘繰る者が勝手に出るが
先の事など儂にも分からん。
儂どころか隊が解散するやもしれん。



故に強く生きねばならんのだ。



分かるか?
その為に此の一年は勝負であった。
そう何度も繰り返す程気持ちが入ったのじゃ。



考えた。武将隊として前田慶次として
世の者達が納得する戦であり
周知できる策はないか。


前々から勝手に温めていた
日本城郭検定受験を
十周年企画の一番槍に任じられた。


諸国を見聞した儂に相応しかろう?
歴史好きを屈服させての武将隊とも思うておる。



官位といった肩書は今も昔も絶大な効力を持つ。
陣営人、城びとの軍師達の計らいで
城びとの連載まで持つ事が叶った。
これ程まで嬉しい事はない。



本年は念願の名古屋城本の制作に監修したが
飛び越えて形にした城びとは




五年間書を開いて
名古屋城で歴史授業を重ねてきて
人と違って努力は裏切らぬ。


良かった。と心から思うた次第。
お城EXPOでは随分と贔屓までしてもらった。
故に。儂が為さねばならぬ事は皆も分かるな?




いつの世も仁義を重んじよ。




仁義。
演武総軍師毛利殿が十周年に相応しい
演武を手掛けて下さった。
栗田殿が儂に新たな力をくれた。
本山殿が武将隊の舞を昇華させた。
佐藤殿が現世の戦い方を教えてくれた。
絆は舞台公演、前人未到の二日繋がる本公演
我としては千秋楽の主軸という華を頂いた。
他にも多くの支えのもと
我等は勇しく皆の前で演武を披露する。


周年祭は
四千人呼ぶべく試行錯誤したが。
叶わず千八百人しか集める事ができなんだ。
乱世であれば改易処分か、、、
己の力の無さに憤慨した。


家臣の支えに泣き
武士として主等への恩を返す。
恩が増える一方で心苦しいわ。



挑戦は続く十一周年こそ目標を達成して見せる。
新たに蘇る武士達にその景色を見せてやりたい。



本年多く挑戦は(他にもYouTube、殺陣)
何れも新たに知ってもらう
他国への侵略の様な形を取った。
それは此れからも変わらぬ。
蘇った時から儂はそうであろう?
何処かに留まる男ではない。


課題が見つかり
変わらず武将隊として弱き所が埋めれぬ現状を打破すべく新年度挑んで参る所存。



完璧な年なぞ存在せぬ。
故に戦い続けるのだ。
昨今の苦しき現状。



此の苦しきを一丸となって耐えよとの御命令です
然すれば必ずや泰平の世はやってきましょう
今は苦しくとも、必死に、懸命に、そうすれば
いつのに日か




信じる道を貫け
然すれば、笑顔の桜が咲き誇る



蘇ったあの桜の日から
一日足りとも忘れた事がない。




必ず皆で笑える日がやってくる。
十一周年の始まりは苦い始まりであるが。



其れを忘れる程豊かな一年にする。


多くの犠牲のもと
我等は生きておる。
忘れてはならんのだ。



今を生きる者には
後世へ伝える資格がある



我が子を愛おしく育てる如く
儂は儂につながりを求める者
皆家族と思うておる。
主等の成長を見届ける為に現世に蘇ったやもしれぬ




故に長く生きよ。
儂は不老不死だで!
主等の新たな世代をも見届ける。




悪しき世の流れを切り裂くべく
朱槍を一振り、二振り、人の心に一突き
風の如き流れに乗り、世を平らかにしたい。





今日の今日まで共に戦ってくれた全国の仲間達




出立式自体を皆の前で執り行う事が叶わず
互いに苦しい別れとなった。個人的に改め
覚兵衛、主の忠義は日ノ本一。主から沢山教わった。
九州の大名を相手に其方、天晴な戦働きであった!
また、必ず。
重綱、日ノ本一側におきたい小姓。いや、武士!
多くの民を魅了する傾奇者よ。また、必ず。

まつ様、身内を見送るのはもう終いにしたい。まつ様は姫隊歴史を紡がれた。前田の為に人質になった覚悟と変わりませぬな。慶次郎、まつ様のお側で戦えた事、末代までの自慢となりましょう。また、必ず。

凛太郎よ、前田の人間が続くのぅ。
先に認め通りであるが、主の魂が天に参ろうが常に共にある。よく付いて来てくれた。
儂は主の主君として、其方が誇らしい。また、必ず。
秀吉様、ワッハハハハハ
最後は座談の木のもと
お話ししたかったのが心残り。
暫くお預けですかな?前回は共に天に参ったのに
儂は残ります故かわええ女子の相手任せて下され!
ワッハハハハハ

先人達に宜しくお伝え下され。
儂は全うしまする。
五年間本に、本に有難う御座りました。
絆 十年誠に忝い。儂が現世で戦っておる意味を教わった気が致す。色んな事があったのぅ。
声が出なくなり、違う意味で目立ってしまった。
色んな夢を叶えてくれた。最後は世話になった御仁達を迎え、共に歴史や文化を伝えた。
ブログの更新回数、演武の回数
地味に楽しみにしておった故、あれが発表無くなってから寂しかったのぅ。
朱槍を孫兵衛に現世で渡せたのは、この先含めても
あの千秋楽だけであろう。
絆仙人 また、必ず。
そして。今日まで支えてくれた皆。
有難う御座った。
十年…想像したか?
儂も此の場に居合わすとは思わなんだ。
どれだけの民が我等と写真を撮ったかのぅ?
ギネス記録なるものに記載されんか?
人類一番人と写真を撮った武士。とかで
ワッハハハハハ

数多の出会いと別れがここにもあった。
儂が蘇ったばかりの時の家臣達どこいったんじゃーーーワッハハハハハ
こんな主君だで呆れてもうたんじゃな、、、
今会ったら違う気がするが。それも運命。
己の力量不足。
然れど、確実に新たな家族と巡り合っておる。
より大きく、強く、名古屋名物として
皆が認める存在にするが為
明日よりも宜しく頼む。
皆の力を借りるときも出てくる。
名古屋おもてなし武将隊という御家の為に頼む。


他にも伝えたい一年であるが、終わらぬからな。
ここらで。




明日が見えぬ今だからこそ戦う今日がある。




道を決めるのは他人ではない
己なのじゃ。
己が人生を桜を絶やさぬ花道にしたくば
懸命に生きる他無。


明日からの前田慶次郎利益に再び刮目せよ。






最後に一つ


















生誕日忘れるなよ。(四月四日)