皆の者達者であるか?

大ふへん者前田慶次じゃ!


我が日記帳開き大義。



一五六三年八月四日
毛利隆元急死




毛利元就公の嫡男隆元殿が安芸国
蓮華寺で急死。御歳四十一。


急死に
毛利家の世継ぎ人故にか
毒殺ではないか?
と当時としても騒がれた。





さて、本日も我前田慶次は
肥後国遠征が三日目に候。




肥後の天の下での戦働きに
体も馴染んで参った。





此度も火の国まつりを盛り立てるべく
我槍働きが光を放ち、多くの民を魅了したであろう。




肥後国に参り
天守の姿をこの目に焼き付け

尾張の地より馳せ参じた我等も心に確と
刻まれるものがあり、互いの国を行き来する仲。
共に完成を楽しみ歩んで参る所存。

主等も確と刮目せよ。

加藤神社にて神事を執り行い
武家の大名格がこれ程会するは
四百年前でも中々数少ないものであった。
当世で集いし天晴、天晴!

熊本城おもてなし武将隊の面々と
共に歩んで参った火の国まつり。




共に戦働きに汗を流し
盃を交わし
言の葉を交え
進むべき先は同じ眼であると
此度も感じる事叶い
此の慶次郎、心温まる遠征に候。

共に花火を楽しむとは
天下泰平の世。とは正に此の事。
線香花火をしたらば
我が灯火は落ちず根元まで燃え続けた。




此れは我が魂を表しておるようだと思わぬか?




手に持つ者の力を受け
燃えたものだと我は確信したぞ!


演武も名古屋の周知も抜かりなく。
電波戦も出陣
我と申せば周知戦!
陣を構えるだけでなく、機動性を活かし
誰よりも配って参った。
皆手にする事出来たかや!?

肥後遠征は
三月に参った布陣にて此度出陣。
皆熊本への想いも熱き面々。
故に我等であろう。



此の'前田慶次'としては二年連続。
此れは大きな意。
其れ迄は叶わなんだ戦であった。
此度参りしては





肥後陣営陣も此の傾奇者を
待っておったと!




ほいで、長らく名古屋おもてなし武将隊を
見届けし熊本陣営の者が
熱い想いを此の儂に託してくれた。







我が再び蘇り頃より
今迄を見て参り




伝えたい義があると。






聞けば。。







よぅ見てくれておる。
して、よぅ考察しておる。





此れ迄の槍働きは
叔父上前田利家様の決め型が最高峰と
武将隊界でも轟いており
槍組は皆真似たもの。
そう、全国の武将隊が。






圧倒的であったでのぅ。




無論、我もその一人。
然し乍ら、、、
このままではならぬと。





我は己が体格に合わせ
前田の槍を受け継ぐ人間として
更なる磨きをかけ、模索した。






傾奇者らしい決め型が生まれた。







その辺り言の葉を交わさずとも
懸命に鍛錬し、想いが槍に乗っておるから
分かります。と伝えてくれた。








迷いがない慶次様の槍は
日本一カッコいいと。









更に、歴史の語り部としての戦も
確と見ておると。





我が戦功の数々を称えてくれた。






名古屋より遠く離れた
肥後民が確と見てくれておる。




実に励みになった。







武将隊として生きる我等の苦悩は
全土で戦う仲間皆同じ。
共に知るこそ
見えてくるものがある。
武将隊界を盛り立てるのも
我等の戦働きである。







表面に囚われない
素晴らしき洞察眼に感服仕った。






ほいで、
肥後遠征に援軍に参りし皆々大義であった。
肥後国は楽しめたか?
美味いもの食うたか?
何処か足を運んだか?
火の国まつりを存分に堪能したか?






我が家臣達が
儂を見に来たと。方々で伝えてくれたのか
肥後の陣営陣に嬉しき言葉も頂戴した。




ありがとさんじゃ!!!





演武の際も
主等の手拍子は大きな力となった。
共に創り上げる演武。
忘れる事出来ぬ戦が此処に生まれたのぅ
忝い。





九州より集いし援軍達。
わざわざ儂色にしてくれる者が多かったのぅ。




赤を入れたり
強者は黒と赤の両色使いで
爪や耳飾り等の小物




儂色にして来ましたと。
皆よぅ伝えてくれたな。
本に嬉しかったぞ!
必ず名古屋に来い!





儂は名古屋で待っておるで
今度は主等が参る番ぞ!





そして。
小さな家臣達よ。




戦国パーク以来であったり
動く絵でよぅ見てくれておるのだな。
実物の儂は格好ええじゃろ?





主等からの恋文に描かれた
儂は儂以上にかっこええのぅ



主等にとっての儂は傾奇者というより
英雄なのかもしれぬな。




恥じぬ戦働き致す故
これからも応援してちょーよ!






此度の戦にて
熊本と名古屋の仲が更に深まった。




熊本を元気にすべく。
清正は申した
常と変わらぬ戦働きこそが
元気を届けると。





清正という男は真に強く
動じぬ心と大きな器を備える武士。





肥後正も名古正も
苦労に御座った。





肥後正とはいつも熱い言の葉を交わす仲間として此れからも戦友ぞ。
蘇って初めて花火をやってみたが





ええもんじゃ、これは
心が休まった。。。





日記帳を認めておれば名古屋に着陣。





叔父貴は息災かのぅ
儂がおらんくて寂しいだろうな




それは、お主のことか。
ワッハハハハハハ