歴史コメンテーター、平成の歴史指南軍師である金谷俊一郎氏。
2017年に織田信長公にまつわる書簡を続々発表された金谷氏と信長殿とが交わされた文を大公開でござるよー!
貴重なこの文、ぜひご覧になっていただきたいのでござる。

 


東海テレビ
絆HPはこちら!
http://tokai-tv.com/events/kizuna2018/

 

犬丸わんわん

 

 

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暁の伝令
平成三十年如月   
信長公、 歴史指南軍師金谷殿と文交わせり


織田軍戦記『絆~暁の大地~』開戦にむけ、
武将隊の陣所では、本格的な戦支度がはじまっております。
今回が絆への初参戦となる足軽、物見役の足軽哉太郎は、
戦備えのために少しでも多くの情報を得よう!と、
現世の物見に出かけますると、
信長公、織田軍戦記についての指南書を大発見。

早速手に入れました哉太郎は、
情報収取に励むべく陣所にこもりますと、
おもむろに書を広げておりました。
そこに、ふいに御屋形様が立ち寄られ、
哉太郎が持つ指南書に目をとめられ…。
信長公はしばらくその指南書をお読みになると、
ゆっくりと筆をとられたのでした。


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歴史指南軍師 金谷殿

この度は、
金谷殿著書、「日本史劇場 信長たちの野望」、
「はじめての織田信長」、拝見し候
実に愉快なり
今の世に定着せし、我が印象を覆す如く著書
必見の価あり

中でも、天下布武の印判に込めし我が意
七徳の武 良き解説、その理解に感銘を受け候
現世の民に、七徳の武の精神を広める良い機会になりて候
これにて日ノ本だけでなく、世界中が泰平になる事、我が本懐にて候
著書、はじめての織田信長にて、
桶狭間にての戦の件、実に理解し易い解説、大儀。

現世にては、清洲から桶狭間に至る道を
信長攻路(のぶながこうろ)と命名し
名古屋市にて観光資源として使っておる
名古屋に立ち寄った際は是非とも辿って見ると良い

我は名古屋城にて客人を饗応し候
現世にては「おもてなし」と呼ぶ所為
名古屋城にての我らの演武、必見の如し
名古屋城にもし来たのならば、
金谷殿著書を称賛したき故に、特段の饗応を設ける次第

我が隊にも金谷殿を拝見したき者が多くおり候
文には書き切れぬので、ここまでにしておく。
これからも我らの時代の真実、そして「織田信長」の良き面を、
日ノ本に広めてくれると嬉しく思う。

 
織田信長

 

 


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謹啓、梅花の候、上様におきましては、ご機嫌うるわしくお過ごしのことと存じます。

拙著『日本史劇場 信長たちの野望』、また『はじめての織田信長』をご高覧いただきましたとのこと。
よもや上様のご高覧に及ぶとは思ってもおりませんでした故、顔より火の出【い】ずるほど恥ずかしい思いになると同時に、上様よりいただきましたお褒めのお言葉、歴史指南軍師冥利に尽きる次第にてございます。
上様お抱えの、和泉守(太田牛一)には、まだまだ到底及びませぬが、今後も日々精進に励みたく存じます。

天下布武につきましては、上様のご意向とは真逆の意味にて用いられしこと、常々、すこぶる遺憾に存じておりました故、拙著にて一人でも多く上様のご意向を伝えねばと思った次第です。
上様が、「元亀」から「天正」と改元したのは、「国が穏やかに治まること」との思いによるものと伺っております。この二つをもちまして、上様のお人柄が正しく、この平成の世に伝わればと願っております。
舞台『絆~天の焔~』を拝見し、「七徳の武」による天下布武に込められた上様の夢と熱き想いに接し、改めて身を引き締め、今後の指南へと繋げて参ります。
間もなく、弥生には、舞台 織田軍戦記『絆~暁の大地~』開戦とのこと、上様の想いが更に広く日ノ本へ轟きますよう、ご武運をお祈り申し上げます。

上様の遺志をこの平成の世に伝えんとする、武将隊の活躍は、遥か遠き関八州(関東)にも及んでおります。
名古屋城をはじめ、上様のご威光は、いかなることがあろうとも消えるものではないと頼もしく思っております。

現在は、名古屋も近くなりました。美味しいもの好きの上様のおかげで、名古屋には美味いものも見所も多く、また名古屋に住まう皆さんのお人柄も非常に素晴らしいと訪れるたびことに感じております。
近きうちに、ぜひとも上様の元に馳せ参じたいと思いますと同時に、多くの皆様が名古屋の地を訪れ、上様の御加護を得られますことを願ってやみません。
謹白

平成三十年二月吉日 
金谷 俊一郎