此度二度目の日記を御無礼。



名古屋おもてなし武将隊、加藤清正である。



本日


我が半身の加藤清正が率いる熊本城おもてなし武将隊



立花宗茂殿、森本義太夫、庄林隼人が天に還る、出立式が行われた。



何故、他隊のことについて触れるのか初見の者は疑問に思うやもしれん。



簡潔に申すと



切っては切れぬ関係であるからじゃ。



特に



森本義太夫一久と庄林隼人一心は我が誇りの家臣。


かつて戦場にて儂の下で懸命に尽くしてくれた。



森本義太夫一久。出会いは幼き頃。



童であった頃に一久と飯田覚兵衛直景と共に



敗者は勝者の家臣となり一生仕える



と、いう賭相撲を致してだな



勝者となった儂に対し、誓いを守り生涯支えてくれた



竹馬の友である。


鼻垂れの童の約束を破ることなく最後まで共にいてくれた。


あの頃を思い出すと笑いが込み上げる。



熱血漢で猪突猛進の一久には正直手を焼いたこともあったが、今となっては酒のおかずの笑い話しよな。


次に、庄林隼人一心。



この男との出会いは儂が一人立ち致した後。


この男と一久、直景の三人は通称加藤家三傑と呼ばれ


我が主君、豊臣秀吉様からも加藤清正の下に加藤家三傑あり!


と一目置かれておった。



左下から隼人。真中下が直景。右下が一久。真中上は儂が娘のあま。両脇は儂達加藤。



隼人は二度の主君との別れを経験し、儂の下に仕えた男。


どこか達観したような


冷静に物事を見極める事が出来る、信頼厚き男であった



真逆の性格である一久と揉めることもあったな。原因は儂。


我が家臣との思いでは


酒のおかずになる様な思いでばかりである。


それ程に関係が深かった。


その家臣が


天に還った。



様々な思いがあったのであろう。


しかし、主らが導き出した答え。何も言うまい。




格好よく、主君らしく儂は申す。




四百年前は儂が主らを残し逝ったが



此度は儂が見送る番だな。



現世に蘇った際は


儂が肥後を離れておった故共に過ごす時間は多くはなかった。



しかしその分だけ会える喜びがあったな。



現世に蘇り、我等の生きた時代とは異なる現世にて数多の刺激があったであろう。


数多の民と、おもてなしと言う交流を深め



己には無いものも学ぶ事があったであろう。



現世はどうじゃった?



きっと数多の民が



儂と主らとの出会いと同じく


主らと出会うことにより


人生の転機や


心に残る思い出が出来た民が沢山おると儂は思う。



戦国の世を生き、現世に蘇り数多の戦場を駆け抜け



民に元気と勇気を与え



何を得て、何を感じた?



お主らのことじゃ。酒のおかずになる話しを沢山持っておるであろうな。



いつかあの世で聞かせよ。



お主達の魂、そして現世で生きたという証しは



儂、そして民の心にある。



あり続ける。これからも永久に。



故に



胸を張って天に還れ。




そして酒を用意して待っておれ。



いつか儂が天に還る



その時まで。



当~~~~~~~分長い間お預けになるがな!


わははははは!!!






どれだけ遠く



遠くに離れておっても



心は共に。



我が心、民の心の中に生き続けろ。


今も昔も


儂を支えてくれて有り難う。



お主達に出会えた儂は誠に誠に幸せであった。



熱き想いは受け取った。





さらばだ、友よ。






我が自慢の愛すべき家臣達よ。





ゆっくり休め。




また会えるその日まで。






そして、直景よ。



二人が置いていったものを引き継ぎ、より一層儂を支えよ。



お主ならば出来る。還った二人の分の戦働き。



一人で三人分の戦働きを期待しておるからな。





同じく天に還る立花宗茂殿



誠に世話になった。


西国無双は現世でも健在。


多くの民の心を釘付けに致したであろう。



立花殿の生きた証しも、ここにある。



天に還る道中、手数をかけて申し訳ないが



我が家臣を確りと連れていってくだされ。



猪突猛進なやつと何を考えておるかわからんやつ故



無事に天に向かえるか少しばかり不安・・!



宜しくお頼み申す。本当は護衛役先導役に我が家臣はならねばならぬのだが・・っっ!!



此度の出立式に援軍せし者、離れておっても気を飛ばした者達


名古屋の儂からも申す。



誠に有り難う。




いつか聞ける酒のおかず




誠に楽しみじゃ。



笑って酒を酌み交わそうな。



安らかに眠れ。




加藤肥後守清正