皆の衆年末は達者であるか?





大ふへん者前田慶次じゃ!








皆々年の瀬が迫る中やり残した事はなかろうか?
屋敷の中を清掃し新たな風を通す事を勧める。そう申せど、この慶次未だ何もしておらん!
わっはっはー!


して、年末特別企画
傾奇者がお送り致す
「然らば未(ひつじ)御機嫌ようお猿」の刻である。
此度の題目
「前田慶次が赴く現世の旅」

我等名古屋おもてなし武将隊は名古屋城が開城しておる限り、武将一人、陣笠一人が皆を出迎えておる。週末には演武を行うべく五人は出陣しておる。然れど、名古屋城守りだけでなく野戦へと出陣する事も数知れず。日ノ本の国全土は勿論、異国にも参り戦う。
当年も我等は様々な土地へ赴き、多くの民と出逢った。
異国に関して申せば、家康殿が何と五カ国も参陣仕る偉業を!


此の慶次も名古屋城から出奔して色々足を運んだのじゃ。
其れを紹介致す!






先ず、初めての出奔は此方!




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蝦夷地
信長様を筆頭に馳せ参じたに候。気温が尾張名古屋とは違い寒かったのを覚えておる!
確か、叔父貴に水風呂を沸騰させる悪戯をしたのも此処じゃ!


続いて
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エスカ
此方は名古屋にあたるのじゃが、エスカ地下街は我等名古屋おもてなし武将隊の支城?とも言える場所である。初めて出向いた時は、拳戦にて清正の士気が異常に高かった事が思い出深い。

今後も参陣する事多数あろう。皆々一度は足を運ぶのも如何か?




続いて





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台湾
むー。懐かしいのぅ。初めての異国出奔。
日ノ本の民が周りに居らず、言葉も通じずしてやられたが。台湾の民は温かくてのぅ、我等の歴史について触れておる者も数多く居って感服致した!
台湾で出逢ったものが、後に名古屋城に参り我に逢いに来てくれた時は。。。



嗚呼。
叔父貴が腹を壊したのも此処じゃ!
家康殿は、台湾にて更に異国の言葉に磨きをかけた様子。今ではどれだけの言の葉を話せるのか。





続いて


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美濃
尾張の隣国である。撮影戦にて馳せ参じた。
食事を作り、からくりを我が手で完成させた喜びは何とも言えなんだ。
殆ど手伝ってもらったがな。はははー!

此の経験は、手作りの良さを感じ
時許せば自ら産み出すことに挑戦しようと思えたのだ。



続いて





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土佐国
土佐は人が優しく親切心を大切にする民が多かったのぅ。誰にでも声を掛け交流を図る姿は、戦国当時に出向いてみたかったと思えたのぅ。
此の地は雨が多い故に、城造りも工夫を凝らしておったわ!出奔した際は、その地の城を巡るのも良かろう。





続いて



江戸!
あれ?写真は。
左様。江戸と分かるような写真がなかった。
名古屋おもてなし武将隊としても江戸へ出向くことは数多ある。今後も参陣する機会は多かろう。





続いて



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安芸国
此の地に馳せ参じた時は、各地の隊が一同に集結致し武将隊祭といったところか。
毛利殿達が治めた地は、結束力が高く愉快な地であった!後に、毛利元就殿、毛利輝元殿の御二方が名古屋城に足を止めて頂き、再会することが叶った。



続いて


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尾張名古屋の各地の祭
ど真ん中祭、名古屋まつりは全員出陣も叶い大いに賑わせた!
他にも、懐かしき荒子の地に舞い戻る。
斯様な事に、中々無くてのぅ。再び荒子の空気を吸えたことは、昔を思い出すようじゃった。





続いて


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蝦夷地
何と、当年だけで蝦夷地には二度参ったのじゃ!
此方は函館である。
函館の中でも、大規模な催し事に参陣仕ったのは有難き幸せに御座った。


嗚呼。蛾の虫を蛍だと陣笠隊章右衛門が皆に偽りを申したのが懐かしい。




続いて


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モリコロパーク
自然に溢れ、花々が美しく人の心が洗われる様な場所であった。


続いて
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ナガシマスパーランド
長島の地と申すと、織田軍の人間であれば戦国の世では懐かしき地である。
当時では難儀であった肉の食事も、容易に致す事ができる催し事で民が大いに楽しんでおった!




続いて


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濠太剌利
二度目の異国に候。
濠太剌利には、してやられることが多かった。
此れでも此の慶次、背丈は日ノ本の民に比べれば高い部類であるが。
此の国は、大柄な奴ばかりで儂が平均的に見え申した。気候も日ノ本の真逆みたいで、暑かったのぅ。して、濠太剌利は日ノ本の民も多く住んでおり、良きかな。







続いて



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近江国
東海地方を中心に我等名古屋おもてなし武将隊が戦めしと申して、六武将のめしを展開に候。
此方多賀サービスエリアにて我等が馳せ参じ、周知をして参った。
多くの者が食べてくれた様で感謝致す。
結果は大将信長様が天下を掴んだ。







斯様に多くの土地へ。
再び相見える事を願い
名古屋城にて再会致す事も少なくない。


翌年も数多の地へ赴き新たな出逢いを信じ突き進む。




さぁー。皆は当年何処へ?
自国から離れず過ごしたか?
我の様な男は、流れるのを好む故
翌年も遠征(出奔)を重ねる所存。


名古屋城守りが多いが遠征も多く実りのある戦で御座った。



以上
名古屋おもてなし武将隊
天下御免ノ傾奇者 前田慶次郎利益