(日記帳)ぺらっと

~一月十四日~
本日は、
秀吉踊舞は名古屋城!

中日ビルには信長様に立三!

ウェスティンナゴヤキャッスルには徳川殿

と、名古屋に三英傑がちらばり、まさに英傑三昧、三英傑日和じゃった!

じねんじょからの名古屋城とか、ウェスティンからの名古屋城とか顔を出してくれた者もおったが、中には、英傑はしごを果たした強者もおったときく!!!


驚き桃の木さるすべりだがねっ!!!



皆の衆、ありがとさぁん!
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また明後日、元気!とともに出陣いたすで、ぜひに会いにきてちょう!

あ、ラジオも聴いてくれてありがとの!
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さて、話はかわり。
本日はわしの異父妹、朝日の命日である。

なかなか波乱万丈な人生でござった。
わしがそうさせてしまったっちゅうても過言ではにゃあが。

小牧長久手の戦い後、徳川殿をわしの元へ来させるため、言い換えればわしに臣従させるために
既に嫁いでおった身じゃった妹、朝日に対し、
「徳川殿のもとへ嫁いでくれんか?」
と、一言。
無理やり離縁させ、徳川殿がおる浜松城へ送り込んでまった。

このとき四十四歳。

じゃが、この後、半ば無理やり嫁がせたっちゅうこともあり徳川殿には愛されず、えらい辛い思いをさせてまった。

して、母上が体調を崩したときに、一旦京まで戻ってきたんじゃが、そこで朝日自身も病におかされ、駿府へ戻ることなく没してまったというわけじゃ。

御歳、四十八歳。


今思えばえらい酷なことをしたと自分を攻めるばかりじゃが、
今日この日に、まぁ二度と同じことは繰り返すまいと強く思う。

生きてまいる。




絆ニ○一四まで、残り五九日!

大かう