又左じゃ。





皆々、息災であるか。




雨降りしきる本日



本日は旧暦で

「賤ヶ岳の戦い」

の起きた日である。





知らぬ者もおるであろうし、説明致そう。










当時信長様が明智殿に本能寺にて謀反にあい、この世を去られた。

本能寺の変である。




それからというもの「…誰が天下を?」と感じていた。


本来であれば、嫡男で在られた信忠様が継がれるが筋。


されど、信忠様も本能寺の変にて討たれてしまった為

次男である 信雄様
三男である 信孝様

いずれかでは?と…



しかし
有力視されていたのは、織田家宿老であった

柴田勝家様




そして
明智殿を山崎にて討ち、一躍表舞台に姿を表した

羽柴秀吉 後の豊臣秀吉

であった。




勝家様にとって秀吉は

百姓からの成り上がり者としか写っていなかったのやもしれぬ。




されど秀吉は近畿一帯を抑えると共に、裏工作を行い織田家家臣を次々と味方につけていった。

一方勝家様は北国に居城を構えていたことを口実に動こうとはされず

新たに室に迎えし、お市の方様と過ごす内

家族を愛することを知った。





秀吉との差は広がるばかり…




この時わしは既に勝者を悟っていた。






時は一五八四年 四月

近江伊香郡の賤ヶ岳付近にて



羽柴軍 五万と柴田軍 三万が激突。


この時、わしは柴田軍にいた。

しかし秀吉からは

「兵を動かさず、中立にいてはくれまいか。さすれば前田軍への手出しは無用。友を信じよ」

との矢文が届く。




迷いが生じた。

わしの命の恩人である勝家様
わしの真の友である秀吉


なにより

「守るべきは何か…」





戦巧者の勝家様を警戒し、秀吉は中々動かず戦は膠着状態に。




このまま長引くかと思われた


だが


秀吉が動く。





岐阜城におられた信長様の三男 信孝様に対し、兵を向け戦列を離れたのである。




絶好の機会!!

しかし勝家様は渋った

「猿の策では?」と。



家臣の佐久間盛政はいきり立っていた。


「半刻にて戻ります故!」

そう言い残すと陣を離れ、兵を率いて羽柴軍へ急襲をかけた。


突然の事に羽柴軍は崩れ、次々と兵が討たれ作戦は成功。…した様にみえた。





「柴田軍が動いた」


間もなくして美濃国大垣にいた秀吉の元にも報が届く。







勝家様は

「盛政に引く様伝えよ!」

と使者を出したが


「何故だ!!羽柴軍はひ弱である。わしは留まる」

と佐久間は引くことを拒み、こともあろうか宴を催した。






佐久間の中では


「夜が明けたらば、総攻めじゃ」



とでも思うたのやもしれぬな…






しばらくするとわしの元に使者が参り


「佐久間様が前田様に援軍を出す様、申されております」


と。しかしわしは動かなかった。





「守るべきは、前田の家ぞ」




腹を括った。







すると遠くの山になにやら灯りが見える





なんと羽柴軍が大垣から賤ヶ岳まで舞い戻ってきたのじゃ


慌てふためく柴田軍

「秀吉は天狗なのでは…」


などと言うものまでいた。





あれよあれよと劣勢になる柴田軍


撤退を余儀なくされた。






結果はわしは兵を動かすことなく、撤退。


それからしばらくして、わしは越前 府中城にいた。





すると勝家様が府中城に立ち寄られた。

一杯の水を所望すると二人の間にはなんとも言えぬ空気が流れる



「…あやつはまことでかい猿になった。強いのぅ」



「……」





「又左。まこと律儀に、よくわしについてきてくれた。そなたと秀吉は真の友であろう。ならば最早義理など無用。秀吉の支えとなれ」




そう言うと、水を飲み干し府中城を後にされた。



間もなくして一人の男がきた。



「又左ーー!わしじゃー!中にいれよー!!」

秀吉だった。




「おっ!生きとったかや。腹切って死んだかと思うたて。」


「……」


「お主は口惜しいやもしれんが、負けてよかったのだ。負けて知ることもある!」


まつの味噌汁を飲みながら眈々と話す秀吉。




「…味噌汁をつごう。」


「? どうしたのだ。…又左?」


「もう一杯…味噌汁を…」




すると秀吉を手を出すわしを無視して、茶碗をまつに渡した。




「又左。わしとお主は真の友じゃ。故に!これからも五分と五分で願いたい!わしと又左、おねとまつ殿、我等でこの国を思うがままに動かそうではないか!」

そう言って笑う秀吉に

「…この……人垂らしめ」


そう返したわしの気持ちは固まった。





羽柴軍の先鋒として、勝家様の居城である北ノ庄城を攻撃

燃え盛る天守にて勝家様、並びにお市の方様は自害。




これにて、賤ヶ岳の戦いは幕を降ろした。



信長様亡き後の椅子に秀吉が座る事となり

天下統一事業を引き継ぐこととなった。







関ヶ原に負けず劣らずの大戦にして

天下分け目の戦となった

賤ヶ岳の戦い。





希代の英雄 信長様がこの世を去り




野心剥き出しに天下とりに邁進した秀吉



家族愛す余り、付け入る隙を与えた勝家様


鬼玄蕃と呼ばれ鬼神の如く戦場を駆けた佐久間盛政



賤ヶ岳での功績から出世街道を突き進む事になる
福島正則
加藤清正





「裏切り」と呼ばれ様とも家を守る為、苦渋の決断を下した わし。






「多くの人」
「多くの思い」
入り乱れた戦。





賤ヶ岳の戦い

そんな戦が、たった四百年前の今日。




起きた事実を一人でも


「多くの人」


に感じて頂きたく思う。






戦場に散った者達の涙が


この雨となったのやもしれぬな。






では、
本日はこれにて御免。

前田 又左衛門 利家