サルだぎゃ








秀吉ジャパンもいよいよ、前線の紹介でござる








善戦といえば、戦の花形だでな。皆、個性的なもんだでー








速さを武器にしたもん、高さを武器にしたもん、破壊力を武器にしたもん、瞬発力で勝負するもん、技巧派などなど、それぞれがそれぞれの武器を活かし、ゴールの狙うんだがねっ!!!








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前田利家(1538)…言わずとしれた、加賀百万石の大大名。五大老でも徳川殿と匹敵する実力者じゃ。そのどできゃあ身長と力強さで敵陣を脅かす。また、前田家の家宝がそろばんとゆうほど、計算高い男でもあるで、敵の裏を付いたポジショニングで敵の守備を翻弄することじゃろう。そしてそして、現世に蘇ってからのツッコミセンスとマシンガントークの如く、怒濤の攻撃を仕掛けてちょ!









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福島正則(1561)…尾張はあまで生まれ、わしが子飼いとして手塩にかけて育てたんじゃ。賤ヶ岳の戦いでは一番槍とゆう武勇に優れたこやつ。人情味もあり、世話焼きだもんで家来によう好かれておった。酒癖が悪いのが欠点。それに恐妻家で、こやつの女房はマジでやばい。兜の角を見てもわかるとおり、破壊力満天で敵陣を陥れるはずだでー








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加藤嘉明(1563)…賤ヶ岳の七本槍の一人。そして、わしが子飼いとして可愛がった一人。烏賊のような兜の如く、水軍を率い、活躍しやああした。冷静沈着な性格で、沈勇の士と謳われておる。松山城築城や城下町の建設も評価は高い。団結力と連携を重んじやあす律儀な武将だで。前線からボールを追いかけ、守備もこなしながら、味方を活かす動きのできるフォワード。なかなかおらん逸材じゃ








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立花宗茂(1569)…こやつは秀才。関ヶ原で豊臣に味方をしながら、その後、徳川の家来として大名として旧領に復帰した唯一の男だで。それほど、徳川殿も欲しがったんじゃな。器量が良く、東の本多忠勝、西の立花宗茂、と言われるほど、天下無双の武将だで。皆から好かれ、清正も、こやつが浪人の時代には居候をさせたとゆう。実は蹴鞠の「鞠道」とゆうのがあるが、それを免許されとるらしい。恐ろしいヤツ








どうじゃったかな。これで、秀吉ジャパン23人の紹介が終わった








次回は、この23人を別の視点から検証してみることにしよみゃあて








太閤のワ「駿足長阪を思う」