日ノ本に於(おい)て今は、多くの者が新たな道を歩む門出の時期にある。







 一五八八年の事。初めて肥後国へ入りし折、ある街道を通り入国した。

 拙者にとって、新たな門出の道となったそれを豊後街道と云う。



 後、その街道を整備する‥‥‥。





 交通や物流の要として、民のために拓いた道。



 その道沿いに杉の木を植えた。



 城の建材となる備えとして。また、いざという時には切り倒して熊本城への敵の進軍を阻むために。






 時を経て‥‥‥。



 領民そして豊家がために整えた街道沿いには、今でも杉並木が残る場所もある。







 今日もこの尾張の地へ遥か肥後国より、花粉が舞い流れて、彼(か)の地の様子を伝えてくれておるやも知れぬ。





 この思い‥‥。





 花粉症の様子が見られる立三や市蔵に伝わるだろうか‥‥?





 伝わらなくば‥‥‥、












 植えすぎ御免!!!


清正