透明な日々に、淡い色彩を。 -3ページ目

透明な日々に、淡い色彩を。

DIARY、HOBBY and ILLUSTRATION


花が咲き乱れる様に 花が死んでいく様に

君が咲きみだれる様に 俺は生きていけばいい

花が咲き乱れる様に 花が死んでいく様に

俺が咲き乱れる様に 君は生きていけばいい



FLAME

BUCK-TICK

2000年 ONE LIFE,ONE DEATH収録




 

あまりに、突然だった。

櫻井さんが亡くなってしまった。


ライブが中止になったことは知っていたけれど、療養中なんだろうと思い込んでいた。


その日

スマートフォンに、そのニュースの通知が表示されたとき、何が起きたのか理解できなかった。


しかし、その後も不思議と涙は出なかった。

仕事中だったので何も考えずに、まずは業務を終わらせることを優先した。


帰り道にニュースを見たり、SNSの投稿を検索したりした。

親交のあるミュージシャン達は、早くも気持ちを綴っていたりした。


初期のブレイクした時期は別として

BUCK-TICKは日ごろ、一般的なメディアに多く扱われるバンドではなかったと思うけれど

櫻井さんのことは、テレビでも報道されたようだった。


気持ちがついていかない。


最近はライブに足を運べていなかったけど、ツアー中だったし年末には恒例の武道館ライブも控えていた。


何を言っているんだ。

勝手に過去の人にしないでくれと、報道や記事を見る度に思った。



私がBUCK-TICKのファンになったのは、96年にリリースされたアルバム「COSMOS」から。

当時の私は中学生だった。


もちろん、BUCK-TICKの存在は知っていた。

小学生の頃、見ていた音楽番組に出演していたが

とにかくトークのときも言葉数が少なく、なんだか暗いバンドだなと思っていた。


けれど、凄く人気のあるバンドなんだなとインパクトがあり、どことなく気になる存在にはなっていた。


90年代にはヴィジュアル系ロックをはじめとするバンドブームが起きた。

私はその波の直撃を受け、メジャーなバンドからこれからデビューするようなインディーズのバンドまで、当時はネット等はなかったから

雑誌を読んだり夜のFMラジオを聞いたりして、色々とアンテナを張り巡らせていた。


しかし、あるラジオ番組に流れた歌を聴いて衝撃が走った。

それがCOSMOSにも収録されているシングル「キャンディ」だった。


狂ったようで弾けていて、ポップでメロディアスでダーク。

キャンディは、そんなおもちゃ箱をひっくり返したようなセンスにあふれた曲だった。


私はBUCK-TICKの創り出す不思議な世界に、どんどんのめりこんでいった。

90年代は様々なロックバンドが台頭したけれど、BUCK-TICKは他のバンドとは一線を画す独特の空気を持つバンドだった。


初めてリアルタイムで購入したCDが「COSMOS」で、本当に今聴いても恐ろしい程かっこいいアルバムだ。

この頃には、完全にファンになっていて過去のCDも聴いたり出演する番組は必ずチェックしたり、メンバーのことも好きになっていた。



櫻井さんは、とても不思議な人だった。


ステージでは圧倒的な歌唱力とパフォーマンスで、その空間を支配していた。


ライブが始まるとき

メンバーの中で最後にステージに登場するあの姿は、人間ではない存在のような妖しさと美しさに包まれていた。


しかし、そのイメージとは逆に櫻井さんは努力の人であることをファンの皆は知っていた。

元々はヴォーカルでは無かったし、初期は荒削りな歌い方だった。

そこからあれ程の歌唱力を持つためには、相当な苦労があったと思う。


言葉数は少なくても、ファン想いで謙虚で本当に優しい人なんだろうと分かっていた。

人前に出ることが苦手だと自身で話していたし、本人にしか分からない表に出さない葛藤はあったのかもしれない。

歌詞にも、生きることの苦悩や悲しみ等が表現され繊細な人でもあったのだと思う。 


そんなどこか闇や影を纏いながらも、一方で暖かな空気を醸し出す不思議なヴォーカリストだった。


昔の音楽番組等も改めてYouTube等で見てみると、ロックミュージシャンにありがちな若くて尖っている、という印象はあまりなく

穏やかなで少し照れたような話し方は、今と変わらなかった。



好きな曲をあげろと言われたら、きりがないし非常に難しいけれど

私は2012年にリリースされたアルバム、夢見る宇宙に収録されている表題曲の「夢見る宇宙」がとても好きだ。


櫻井さんらしい、どこか世界に絶望しながらも

夢を見てもいいでしょう

というような、優しくて儚い、それでいて壮大な曲だ。


2012年のBUCK-TICKフェスでこの曲を聴いたとき、あまりにも綺麗な曲で圧倒され自然と涙が出た。



そして

訃報を知った日の帰り

車内に「夢見る宇宙」を流しながら帰った。


櫻井さんはもういない。

そう思うと、その日

初めて涙が出てきた。


どうして、櫻井さんのような

あんなに素晴らしい人が。


中学生の、衝撃を受けたあの日から

いつもBUCK-TICKはいた。


これからも年齢を重ねていく櫻井さんも見ていたかった。


悲しくて

悲しくて

本当に信じられない。


この気持ちを、どうすればいいのだろう。



たくさんの素晴らしい曲を、ありがとうございます。

たくさんたくさん、支えて頂きました。

憧れて、圧倒され、ときめきました。


だけど、まだ過去にしたくない。

過去のものみたいな言い方をしたくないんです。


ありふれた言い方になってしまうけれど

まだ、心の中に生きているんです。




 

数年前、自分にとってつらいことが連続して起こり

弱い自分は自暴自棄になってしまう時期もありました。


何より、大人にとってさらに苦しいことは

「つらいことがつらい」と言えないことにあります。


そんなことでいつまでも落ち込んでいるんじゃない

もっとつらい立場の人もいる

といった言葉を実際に浴びました。


つらいことがつらいと、泣いて許されるのは子供までです。

これは良くも悪くも、日本独自の美学や文化だとも聞きました。


しかし心の中で泣きながら、それが周りの誰にも分からないよう

日々を過ごすことは益々、心の中に暗澹とした感情を重りのように残します。


誰に褒められるわけでもありませんが、それでも

普通の顔をして生きてきました。


あまり深く考えないように、そればかりを優先しながら

常に、どこかに救済を求めていました。

 

その間、時間やお金を多く失いました。

それは全て、自分のせいであり甘えです。


人生にはまだまだ残された期間があります。


自暴自棄な時期から脱却し、健康に感謝し

自分のできる表現を少しでも実現したいと、今は思います。


誰に告げるわけでもない

自分自身へのリベンジであり、目標。


それが「再生への道」です。