8.6 | 見習い星読み師が一人前を目指す

見習い星読み師が一人前を目指す

千葉・佐倉でホロスコープ研究中の、シエナのブログです。
着地点を定めずに、とりあえず無計画に書き続けます。

私は、広島に行ったことがありません。

あの時代を体験した身内はいますが、

原爆を語れる人は近しい間にはいません。

 

なので、この日に特別な何かを書くというのも

身の程知らずというか、

残るものがあるかもわかりませんが

 

いつも、”もやっ”と感じていたことを

このタイミングで、

書き残しておきたいと思います。

 

 

 

私は、当然ながら、戦争には大反対です。

一方で、戦争というものが無くなる日は

きっとずっとずっと

遠い日なのだろうなと思っています。

 

『戦争は良くない』

そんなこと、

多分この世界の9割以上の人が

知っているでしょう。

 

でも、無くならない。

どんなに声高に訴えようとも

「戦うしかない」と感じている人の心が変わらない限り

争いはなくならないし、

それに対する現実的な手段も

必要であり続けます。

 

 

先日、池上彰さんが

テレビで仰っていたという記事を読みました。

http://news.livedoor.com/article/detail/13433000/

 

「ひとりひとりが考えて、決めなければいけない。私はそのための材料を提供している」

「『そうだそうだ』って、みんなが思考停止になるといけないということですよ」

 

 

右に倣って、思考停止。

思考停止している人は楽でしょう。

だって

導いてくれる人に従えばいいんですもの。

でも、それがとても危険だったということは

大なり小なり、既に歴史が示していますよね。

ただ、事態が大きくならなければ

同じ道を辿っていることに皆、気が付かない。

 

 

昨日はあっち、今日はこっちと

人気の有無で判断して、

あの人はダメだ!と言われたら

コロッと手のひら返しする。

あ、

皆が皆、そうだと言っている訳じゃないですよ(笑)

そんな人を思い浮かべながら書きました、という話です。

 

 

「そんなことになるとは思わなかった」

「そんなつもりなら従わなかった」

じゃあ、どんなことになると思ってたんでしょう。

どんなつもりだと思ってたんでしょう。

 

 

誰の意見が危ないとか

誰の意見に従うべきだとか

そういうことを

言うつもりはないのです。

私自身、何か気になる事があった時に

どの意見が最善なのか

事あるごとに考えているつもりです。

が、正しいかどうかはわかりません。

 

 

自分で考えて、

自分で選択して、

その上で間違えたなら、得るものはあります。

けど、他者に選択を任せているうちは

どんなに年齢を重ねようとも

成長することはありません。

 

 

成長しないことは後退だと、これもどこかで読みました。

育つことをやめたら、あとは枯れる道が待っているのみです。

 

 

戦争反対。

その宣言は、人として当たり前の姿です。

 

けど、どうして反対なのか

戦争をなくすためには何をすべきなのか

同じ過ちを繰り返さないためには

何をすればいいのか

 

皆が皆、同じ考えでなくても良いと思うのです。

違う考えがあって、

お互いが自分の信念を語り、

違う、正しい、と思ったら

その場で訂正、吸収する。

 

そうではなくて、

我が正しい、我が正義だと

一方的にそこに従わせようとするのは

ただの思想の暴力です。

届けるために張り上げる声と

自分達に服従させようと怒鳴る声は

別物です。

 

 

 

…語るだけ語って、

まとまらなくなってしまいました。

はずかしい限りです。

 

ただ、うわべだけの戦争反対を

もうあんまり聞きたくないのです。

戦争を語れない子ども達だけの日本は

すぐそこまで来ています。

 

 

 

 

いつかまた、同じようなことを考える時が来たら

もう少し、胸を張って紹介できるような記事を書けるように

書く力を磨こうと思います。

 

 

お読みいただき、ありがとうございました。

また明日から

いつもの感じに戻ります。

 

 

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