6 Toshiyaさん | DIR EN GREY と おかあさん

DIR EN GREY と おかあさん

DIR EN GREY の おかあさんではありません。

自分の部屋から出てきた息子Aが ケラッケラ笑ってます。

「ギャランドゥのベース、カッケー」といってウケまくってます。


FMラジオで流れた西城秀樹のギャランドゥのベースが

「全編スラップオクターブ方式」(息子A命名)で、かっこよかったらしいです。


息子Aのおかげでいろんな音楽の話を聞けて楽しいです。


3で、Dieさんは楽しむのがうまいみたい。 

いつも楽しそうって書きましたけど


Toshiyaさんは少し違って 


みんなに楽しんでもらたい。 

楽しんでもらえることが自分の喜び なのかなって感じてます。


ステージでは煽るというより 見えてるよ、一緒に行こう。 って言いたいのかなと。

また、私の妄想ですけど。 σ(^_^;)


Dir結成のとき Toshiyaさん以外関西出身で最初はそのノリについていけなかった。

なんていうのを読んだら昔を思い出した。


私、小学校を4回変わってます。

3回転校したんですが、ある学校では2ヶ月くらいしかいなかった なんてこともありました。


小学生とはいっても、もうそれなりに仲間が出来ています。

初めはみんな気を使ってくれたり、ものめずらしかったりでいいのですが


自分でも なじんできたかな、と思ったころに

何か自分だけが知らなかったものがあったり


みんなの中では常識になっていることを知らなくてギクシャクしたり。


時間がたつにつれて 結構大変なんです。

また、それを気づかれて やさしくされたり・・・ね。


それで、これは自分の親にも誰にも言ってないことですけど、


私、小学生のころの記憶が あんまりないんです。


ちょぼちょぼ思い出せることといえば、昼休みや放課後のことで

クラスで何かしたこと、運動会や遠足とか


その辺の記憶は、ほとんどないんです。


小学生の私・・・つらかったのかもしれません。

でも、つらかった記憶もなくしてしまっているので分かりません。


私は友達をつくるのがうまくて明るい子、と思われていたので

親も気づいていません。


そんなことを思い出して Toshiyaさんが「ノリについていけなかった」

というのは、それだけじゃないんだろうなって、思ってしまったんです。


仲間になっているところへ後から入っていってメンバーとしてやっていくとき。


みんな親切にしてくれたでしょうけれど ふとしたときに出会う

メンバー内での常識や決め事。


あの時、あーだったこーだったというような小さな歴史。


もちろん関西的なノリや、言葉など。


そういうことを ひとつずつ、ひとつずつ やりすごして

大事に大事に 自分の居場所を作ってきたのかな、と。


そんな風に大事にしてきたものだから


DIR EN GREY というバンドにこだわり


スタッフやファンを大事に 何かしてあげたい。

って考えているのかなぁ、なんてね。


いつもどおり私の妄想ですけど。

勝手にそう思ってます。