中距離ライダーの憂鬱
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アメブロ漢字検定の結果

まあ、こんなもんでしょう(^-^ゞ

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吉本隆明『超「戦争論」』と中村文則『教団X』

超「戦争論」上を読んで、吉本隆明のその頑迷であるが右にも左にも妥協しない姿勢を垣間見た発言があって、少し長いのだが引用すると。

「個々人は、誰でも、それぞれの気質や性格や政治的判断、政治的理念をもっています。この個々人が、ある党派に所属したり、従属したりして、個人としてではなく、党派的にその政治的理念を主張するときだけはーーいい換えれば、逆立ちして、政治的理念を身に着けているときだけは、その個々人を政治的理念で色分けしても別に間違いではありません。
ところが、ロシア・マルクス主義は、個々人がどんな政治的理念をもとうと本来は自由であるはずなのに、自分たちの規準に適合しない政治的理念をもつ個人を否定するというふうにして、個々人を党派的な政治的理念で色分けするという風潮をもたらしました。それはロシア・マルクス主義が残した最悪の遺産です。
日本のマルクス主義者たちや、その同調者たちは、この最悪の遺産を、いまだに捨てていないんです。最悪の"模倣バカ"というしかありません。保守的な政治家だからという、ただそれだけの理由で、その政治家の主要なふるまいについて分析することは必要ないと考えるのは、まさにその"模倣バカ"だからです。それは、間違った考え方です。模倣ばかりして、そんな間違った考え方をしているから、日本の自称"進歩的政党"や"進歩的インテリ集団"は、いつまで経っても、有効な政治政策や、有効な経済政策、そして農業や林業や漁業などについての政策を含む有効な産業政策を少しも打ち出せないのです。」(吉本隆明、田近伸和「超『戦争論』上」p308-309より抜粋)

成る程と得心したのだが、今、読んでいる中村文則の「教団X」に松尾なる男がドストエフスキーの「未成年」を引用してこう語っている。
「(前略)……思想は時に、その個人の全存在を拘束してしまうことがある。そういう思想に芯から飲み込まれてしまった人間は、感情で頭が硬化し、反対の思想をいくらぶつけられても、絶対に変わることがないと。彼らを理論で、理性的に変えることはほぼ不可能であると。その個人が変わる場合があるとすれば、それは別の感情によるものだ。強烈に感情が動く別の体験があって初めて、その個人は思想から解放される。ドストエフスキーはそのように書いている。(中略)全ての別の考え方を頭に深く入れる前に遮断してしまっていた。こういう連中は、現代にも世界中にいる。別の考え方を一度でも自分の中で深く咀嚼するのを恐れる、弱い精神なのです。硬化した人々、と言ってもいい。」(中村文則「教団X」p180-181より抜粋)


今の世の、相手を罵倒するだけの議論の背景にあるのは、こうした"模倣バカ"の"硬化した"人々の存在なのだと。

常に己れの思想の根本の有り様を、内からも外からも吟味し、検討を加え、柔軟かつ堅牢に構築するという姿勢が欠落している限り、本質には到達し得ないと考える。

台風来るな、と憲法に書けば台風は来ないのか、三宅さん?

四月になりましても相変わらず休みが取れず、毎日12時間以上働いておりますが、実は時間の使い方と仕事の要領がわかってきまして、成果をあげつつも仕事の合間に30分ぐらい時間をつくって、営業エリア内の図書館や本屋で新刊本とかをパラパラ拾い読みして、日々読書欲を充たしております。

今月も既に本は8冊読んだんですが、小説ばかりなんでたまには他の本も読むべ、と思ってたところ、図書館で屋山太郎氏の「安倍晋三興国論」というのを見つけました。去年の12月に出たんですかね、早い話が安倍晋三首相ヨイショ本です。すでにAmazonでは中古本が1円で出てます。1680円で売ってるのに、非常に短命な本です(笑)
屋山太郎氏は30年前から「諸君」や「正論」で書いたものは読んでたし、どういう人かも知っていたし、"この人もずいぶん老けたなあ"とテレビで観て思ってました。別に褒めるのはいいです、個人の自由だし、思想的に共鳴すればヨイショもするでしょう。

斜め読みした本のなかで、屋山氏は俗にいう「九条信者」を批判する上で、故三宅久之氏の言葉を引いてます。

http://yaplog.jp/todays_afpbb/archive/716

要するに、九条で戦争が起きないんだったら、台風が来るなと憲法に書けば台風は来ないだろうという、「九条信者」への当てこすりで馬鹿にした訳です。

物事をちゃんと考えられる人からすれば、これを「九条信者」に向けて発言する故三宅氏も、今さらこの古い発言を取り上げる屋山氏も、馬鹿だというのははっきりわかります。

戦争という人間が行う政治の延長行為と、台風という自然現象が同列に論じられる訳がありません。多分"台風"を"地震"と置き換えたら、もっと馬鹿だということがよくわかるでしょう。小学生でもわかります。

そのあとfacebookをチラチラ見ていると、シンクロニシティと言いましょうか、この故三宅氏の発言を取り上げている記事を見かけました。直近にいいね!、した人がいたんですね。

どんな思想的立場の人も、相手を批判する言葉や論理・論法に、「これいい❗」「面白い❗」と安易に飛び付き流用・拝借する人がいますが、これは単なる人真似です。自分で物事を考えられない、無思想の人です。

故三宅氏は早大一文独文科を出て毎日新聞の記者をやった人ですし、屋山太郎氏は東北大文学部仏文科を出て時事通信に入りました。
頭はいいはずです。恐らく、この"憲法に台風来るなと書け!"論法の馬鹿さ加減はわかってて、頭の悪い一般人はそれを鵜呑みにして、保守は左翼を批判し、左翼は歯ぎしりするみたいなことをやらせて、高みの見物をしてるんでしょう。

こんな稚拙な論法が世間に流布する限りにおいて、まともな言論が成立するはずがありません。facebookを見ていてもamebloを見ていても、いつになったらこの国の国民は目覚めるのだろうと暗澹たる想いにとらわれます。

でももしかしたら、故三宅氏も屋山太郎氏も、台風は悪意のある人間が(彼らの場合は、中国や韓国とか思ってんでしょうが)秘密兵器でもって作り出している人工のものだと思っているのかも、しれません。

そうしたら、馬鹿ではなく、異常者ですね。近づきたくないですね(笑)



話はかわりますが、今読んでる中村隆英の「明治大正史<下>」という本に、陸奥宗光の「蹇蹇録(けんけんろく)」という自伝が取り上げられてます。
この自伝には日清戦争に日本が突き進んだ際の政治と外交の内幕が書かれているそうで、既に注文したんで今日あたりAmazonから手元に届くはずです。

安保法制が国会で可決されたことで、それは戦争をする法案ではなく、戦争を防ぐ法案だという主張もなされましたが、戦争とは如何なるものかを理解すれば、日本が戦争をしないという根拠は如何に脆弱で意味がないものかはおおよそわかります。
その辺を陸奥宗光の「蹇蹇録」で読み解いてみたいというのが、今月後半の目論見です。
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