歴史は本物と嘘で作られ、子孫はそのこじつけと誤りを訂正することに人生を費やす
「歴史は常に、本物と嘘の混合であり、偽造だって関係ないとはいわせない。各世代の歴史家は、人生の半分を、前任者のこじつけや誤りを訂正することに費やしているんだぞ。誰も手をつけていない土地を耕しているわれわれにしたって、収穫する後任者にとっては、さまざまな誤りの種をまいているわけさ。」
……デイヴィッド・イーリイ、白須清美・訳「タイムアウト」より(『ヨットクラブ』晶文社 2003年10月所収)
……デイヴィッド・イーリイ、白須清美・訳「タイムアウト」より(『ヨットクラブ』晶文社 2003年10月所収)
いま語らねばならない戦前史の真相
孫崎「日露戦争の後、当時イェール大学講師だった朝河貫一は1909年に『日本の禍機』という本を出しました。この本で朝河は、(中略)日本が中国に勢力拡大し、また朝鮮を併合するようなことをすれば、必ず列強とぶつかると警告しています。」「もう日本は潰れる、このままいったら、アメリカと対立してやられると書いています。」(p71-72)
※因みに日韓併合は1910年である。朝河の予測では、既に翌年には警告の端緒が現実になったということだ。
孫崎「第一次世界大戦の参戦について言えることは、山東半島をとったことで日本は列強諸国と権益の奪い合いに入っていったということです。朝鮮の権益はロシアとの奪い合いに限られていますが、中国領問題になると、そのときの列強すべてと対峙することになりますね。列強がこぞって中国で権益を広げようとしたのは、生産性の高さが原因でしょう。紀元1~2世紀から17世紀までの世界のGDPの30%くらいは中国が占めていたといわれるほどの大国でしたから。(中略)農業の生産性は人口比で決まりますから、中国、インドはおのおの30%、20%を持つ、重要な国だった。」(p96-97)
その中国を我が物にせんとして、列強との争奪戦に向かったにも関わらず、そこで何が起こるかとの想像が働かなかったのか?
鈴木「日本の天皇制を外国に輸出しようとしたり、植民地を持とうと思ったりするのは、日本の発想ではなく、西洋の発想です。国民も日本は大国になったのだから、そういうことをして当然だとかんがえるようになりました。その頃から、古くからあった日本的なものをだんだんと捨ててきたのではないでしょうか。」(p98)
石原莞爾は東京裁判の連合国側検事による聴取で「日本に植民地政策を教えたのは、西洋人ではないか」と言っている。
鈴木「(朝鮮人に対し)「あなたたちには、あなたたちの伝統の神様がいるのだから、われわれは日本の神社なんか輸出する気はない。天皇制は輸出する気はない」ときちんと断ればよかったのです。」(p98)
思想家・葦津珍彦も朝鮮神社に反対していた。朝鮮神宮に朝鮮民族の祖神ではなく天照大神をまつることに強く抵抗していたのだ。
鈴木「東條英機のお孫さんの東條由布子さんに生前、僕は何回かお会いしています。(中略)米英と開戦する前、東條英機宛に、「なぜ戦争をやらないんだ!腰抜け!非国民!売国奴!」という内容の手紙や脅迫状のようなものが、国民からいっぱい送られてきたそうです。」(p118)
今も、安倍首相のもとには同様な手紙が送られているかもしれない。国民なぞ深い思慮を持って生きているわけではない、漢語のおける「民」の(象形の上での)原義は「精神の眼のみえない人々」というらしい。片眼を針で刺したという象形文字である。

孫崎「チャーチルは南北戦争を研究した人で、「アメリカ人は一度戦争を始めると、相手を最後の一点まで残さず潰す。めちゃくちゃになるところまでやる」と言ってます。アメリカという国を、チャーチルのようにしっかり勉強する人がいれば、戦争指導方針は変わったかも知れません。」(p132)
孫崎「謀略説の問題は、変なものを混ぜることです。実際に謀略があるから、それを解明されないために、東日本大震災に関連したような変な謀略説を流すのです。」(p152)
謀略を全肯定する人も全否定する人も、ようは騙されているということだ。
鈴木「一人ひとりが、もっときちんと勇気をもって過去を見る。いろいろ失敗もしたけれど、その失敗も含めて日本が好きだ、愛おしい、それで頑張っていこうということでないと、本当の愛国者ではありません。」(p248)、「極端に言ったら、国旗・国歌なんかなくたって、さらには憲法なんかなくたって、日本は素晴らしいと思います。それくらいに考えないといけないのではないかと思うのです。」(p258)
どちらか両極端に振れないと正しいと思えないのだ、平衡がとれないのだ。
存在するいくつかの歴史的事実、ドキュメントに従って推定できることを明解な論理で明らかにする孫崎享氏と左右の対立を超えた憂国の志士鈴木邦男氏の化学反応が醸し出す納得の対談本である。
いま語らねばならない戦前史の真相(Amazon)
※因みに日韓併合は1910年である。朝河の予測では、既に翌年には警告の端緒が現実になったということだ。
孫崎「第一次世界大戦の参戦について言えることは、山東半島をとったことで日本は列強諸国と権益の奪い合いに入っていったということです。朝鮮の権益はロシアとの奪い合いに限られていますが、中国領問題になると、そのときの列強すべてと対峙することになりますね。列強がこぞって中国で権益を広げようとしたのは、生産性の高さが原因でしょう。紀元1~2世紀から17世紀までの世界のGDPの30%くらいは中国が占めていたといわれるほどの大国でしたから。(中略)農業の生産性は人口比で決まりますから、中国、インドはおのおの30%、20%を持つ、重要な国だった。」(p96-97)
その中国を我が物にせんとして、列強との争奪戦に向かったにも関わらず、そこで何が起こるかとの想像が働かなかったのか?
鈴木「日本の天皇制を外国に輸出しようとしたり、植民地を持とうと思ったりするのは、日本の発想ではなく、西洋の発想です。国民も日本は大国になったのだから、そういうことをして当然だとかんがえるようになりました。その頃から、古くからあった日本的なものをだんだんと捨ててきたのではないでしょうか。」(p98)
石原莞爾は東京裁判の連合国側検事による聴取で「日本に植民地政策を教えたのは、西洋人ではないか」と言っている。
鈴木「(朝鮮人に対し)「あなたたちには、あなたたちの伝統の神様がいるのだから、われわれは日本の神社なんか輸出する気はない。天皇制は輸出する気はない」ときちんと断ればよかったのです。」(p98)
思想家・葦津珍彦も朝鮮神社に反対していた。朝鮮神宮に朝鮮民族の祖神ではなく天照大神をまつることに強く抵抗していたのだ。
鈴木「東條英機のお孫さんの東條由布子さんに生前、僕は何回かお会いしています。(中略)米英と開戦する前、東條英機宛に、「なぜ戦争をやらないんだ!腰抜け!非国民!売国奴!」という内容の手紙や脅迫状のようなものが、国民からいっぱい送られてきたそうです。」(p118)
今も、安倍首相のもとには同様な手紙が送られているかもしれない。国民なぞ深い思慮を持って生きているわけではない、漢語のおける「民」の(象形の上での)原義は「精神の眼のみえない人々」というらしい。片眼を針で刺したという象形文字である。

孫崎「チャーチルは南北戦争を研究した人で、「アメリカ人は一度戦争を始めると、相手を最後の一点まで残さず潰す。めちゃくちゃになるところまでやる」と言ってます。アメリカという国を、チャーチルのようにしっかり勉強する人がいれば、戦争指導方針は変わったかも知れません。」(p132)
孫崎「謀略説の問題は、変なものを混ぜることです。実際に謀略があるから、それを解明されないために、東日本大震災に関連したような変な謀略説を流すのです。」(p152)
謀略を全肯定する人も全否定する人も、ようは騙されているということだ。
鈴木「一人ひとりが、もっときちんと勇気をもって過去を見る。いろいろ失敗もしたけれど、その失敗も含めて日本が好きだ、愛おしい、それで頑張っていこうということでないと、本当の愛国者ではありません。」(p248)、「極端に言ったら、国旗・国歌なんかなくたって、さらには憲法なんかなくたって、日本は素晴らしいと思います。それくらいに考えないといけないのではないかと思うのです。」(p258)
どちらか両極端に振れないと正しいと思えないのだ、平衡がとれないのだ。
存在するいくつかの歴史的事実、ドキュメントに従って推定できることを明解な論理で明らかにする孫崎享氏と左右の対立を超えた憂国の志士鈴木邦男氏の化学反応が醸し出す納得の対談本である。
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大衆なんて、らら~らららら、ら~ら~
「大衆とは、自分が『みんなと同じ』だと感ずることに、いっこうに苦痛を覚えず、他人と自分が同一であると感じてかえっていい気持ちになる、そのような人々全部である。」……ホセ・オルテガ「大衆の反逆」より
気持ちは判るが、そのいい気持ちを他人に強要するのはやめてくれ、というのが私の本音。
気持ちは判るが、そのいい気持ちを他人に強要するのはやめてくれ、というのが私の本音。