「ただいまー」
反応が無い。が、気にせず靴を脱いでマットに足を乗せるとフローリングの床が下にあるとは思えない感触があった。
何度か踏んでみる。
「うっ」「あっ」「ちょっ」
と短い言葉が聞こえる。ため息を一つ落として俺は言う。
「文江、何度も言ってるだろう。そういうのは止めろって」
マットが動いて人が出てくる。俺の妻、文江だ。
「なんていうか、落ち着くのよ。マッサージで踏んでるって思って」
いつもながらの言葉に、俺は頭を掻いた。
俺の嫁の文江はそこそこレベルの高い見た目をしていた。料理もそれなりに美味く、気があった。だから結婚したんだけれど、どうにもこうにも付き合っている時から慣れない事が一つある。
彼女はどうしてか物理的に何かの下に居る事を好んだ。デートの時には重いリュックを背負った事もある。
俺との服装に差がありすぎて、何度赤面したか分からない。
だからと言って別にMという訳でもないのだ。俺だってSという訳じゃない。文江の両親に尋ねても、昔からでもう性癖だと言っていた。
いつも足元に注意すれば良いだけの話であると言えばそうだが、これが意外に疲れる。
「そうだ、大掃除何時始める?」
話題を年末の行事について変える。
「大掃除? それなら週末で良いんじゃないかな。金曜日からもうお休みでしょ?」
「ああ」
そして週末。絶好の大掃除日和と言える快晴だった。
俺は重い物掃除担当で、タンスやら何やらを動かして、裏っ側を掃除するのだ。
リビングの掃除を終え、次は夫婦の寝室。鏡台動かそうとした時だ、下に紙みたいな物が挟まっているのが見えた。
一体何かと慎重に持ち上げ、抜いてみると今の文江そっくりの絵が出てきた。
「写真みたいにリアルだなぁ。紙はけっこう古い感じだけど、何時のだろう?」
紙を手に乗せて眺めていると、外の倉庫に物を仕舞いに行った彼女の悲鳴が聞こえた。
慌ててベランダから倉庫の方へ向かうと、彼女と目が合った。言葉が出なかった。地上に居るはずの彼女が空中に浮いていたのだ。ベランダの、俺の居る高さまで浮いていたのだ。
「文江、一体……」
「あなたー、何でその絵を見つけちゃったのー」
彼女は叫びながらどんどん空へ空へと上昇を続け、やがて見えなくなってしまった。
そして一つの事が頭に浮かぶ。俺は、何と結婚してしまったのだろう……。
終わり