小学生のころから、駅伝・マラソンをよくテレビで見ていましたが、記憶に残っているランナーとして、中山竹通選手をまず挙げたいと思います。
中山選手は、ソウル・バルセロナと2大会連続で五輪代表に選出され、2回とも4位入賞でした。私からすれば、メダルを当然取るべき選手だったと思います。
彼の魅力は、自分のペースでレースを運ぶことが出来るスピードを持っていたことです。マラソンは長丁場、前半は集団の中でじっと堪えて、といったことがセオリーのようにいわれますが、中山選手は最初から5キロを14分台で飛ばしていくことができました。
1987年、ソウル五輪の選考会となった福岡国際マラソン、中山選手は最初から飛ばし、中盤から独走状態を築きました。20キロを58分37秒、中間点を世界記録ペースで通過、なんと35キロまで世界記録を上回るペースでした。35キロ以降、雨と寒さの影響で急激にペースダウンし、2時間8分18秒でゴールしました。私の中でマラソンの常識が変わった印象深いレースでした。