とある広告でこんな文を目にした。
自分は普段からあまり助手席に座らない。
運転手と二人、という場合もだ。
意識しているわけではないが、特別な場合やなにか言われた時以外は自然と後部座席に座ろうとする。
怖いというわけではない。おそらくは。
いや、もしかしたら怖いのかもしれない。誰かの横に座るということが。
無自覚なだけで、誰かの後に常にいることを選んでいるのかもしれない。無自覚に自分を守っているのかもしれない。
自分の生き方というのは常にそんな感じだ。常に誰かの後にいる。常に誰かを前に行かせる。だからそうであっても不思議じゃない。いや、そうであるべきなのだろう。
誰かの後をついて歩くことを選んだ人間はおそらくずっとそうしていなければならないのだ。変に出しゃばってはいけない。あいつはどうしていつも後でガタガタと震えているのだろう。どうしてあんなに臆病なのだろう。少しは前に出る方の気持ちにもなってくれ。この憶病者。そうやって思われ続けることが、他人を盾にする対価なのだと思う。
前に出ながら盾を構えようとする自分は、そうやって蔑まれて生きていくしかないのだ。みんな自分より下を当てにしているのだから。次の足場が見えなければ飛び立つことさえ出来ないのだろう。自分もそうだ。
ならば喜んで、足場になろうじゃないか。
ひとを励ますのって難しい。
自分にとっては暖かい励ましの言葉でも、相手にとっては冷たく鋭い刃物だったなんてこといくらでもある。
自分の何気ない一言が、今日も誰かの心を抉るのだろう。
それでも喋るのを止めることはない。汚れた人間だなあ、自分は。