アラブの国々で伝統的な「主食」にあたるものは何かと言えば、小麦粉を水で練って焼いたパンである。ただし、ヨーロッパ流のふっくらしたパンではなく、インドのナンに近いペシャンコのものだ。エジプトでは、直径15-20 cmくらいで、アエーシと呼ばれる。庶民が食べるアエーシには政府が補助金を出しているし、アメリカ系の超高級5つ星ホテルがアメリカ流朝食にこだわっていても、アエーシだけは目の前で焼いて出している。
でも、エジプト人はお米も良く食べ、結構好きなのだ。しかも我々日本人にとって幸いなことに、そのお米は短粒種のジャポニカ米だ。パスタと豆とご飯をミックスしたコシャリ、鳩のおなかに米を詰めてローストしたハマーム料理、味付けご飯を葡萄の葉っぱなど野菜類でくるんだマハシなど、エジプト料理で使われるお米はすべてジャポニカ米である。
（不思議などんぶり、コシャリ。お米、マカロニ、スパゲッティ、マメがミックスしてある。トマトソースをかけた上に、カリカリに揚げたタマネギが上に乗っている。庶民の食べ物である。肉類は全く使われていない。庶民がタンパク質をマメから取るのは、日本の昔と同じだ。）
家庭でミルクやバター、少しの塩を加えて炊きあげる米もジャポニカ米だ。
(エジプトの家庭で出してくれた２色の御飯、ジャポニカ米。「主食」だけあって、強い味はついていない。色は違うが、味に大きな違いはないようだった。どちらも薄い塩味とバターの風味が感じられた。美しさの観点からわざわざ２種類の御飯を用意してくれたのかと思うと感激である。)
だから、街のスーパーにも、インディカ米とジャポニカ米の袋が両方が並ぶ。これが、エジプトに長く滞在する者にはうれしい。私達がカイロのアパートで自炊していたとき、スーパーで買っていたのは「ドーハ」というジャポニカ米で、日本の米と変わらないくらいおいしかった。
ただし、同じジャポニカ米を食べるといっても、エジプトではシンプルに炊いたご飯（白米）を食べる習慣がない。エジプトではご飯には味が付いているもののようで、カイロ大学の先生を日本に招待した時、大学の食堂で定食を頼んだら、ご飯を一口食べたあと、お茶碗のご飯に醤油をタップリとかけた。
（お呼ばれしたエジプト人の家庭料理。右下に小麦のアエーシと、細いパスタが炊き込まれているバター入りジャポニカ米のご飯。真っ黒に見えるのは焼き魚。焦げているのは皮だけだから問題ない。）
（カイロで人気の大衆的イエメン料理店の牛肉入りサフランライス。エジプト料理ではないから長粒米である。）
（アラビア半島先端に位置するイエメンの料理は、アラビア海を隔てたインドの影響が強いのか、おいしいナンが出てくる。）
ところが、一般のエジプト人は、このジャポニカ米は自分達だけが食べていると思っているフシがある。確かに、彼らの周りの外国の料理で使われているのはヨーロッパのピラフやパエリア、インドの影響があると思われるイエメン料理のご飯など、いずれもジャポニカ米ではないので、そう考えるのも仕方ないかと思う。カイロの中心地や高級ホテルにはエジプト人が握る寿司の店が結構あってエジプト人にも人気だが、まだ一般の人に広まっているとは言えない。
私がカイロで定宿にしているドッキ地区のSホテル（5つ星と称しているが4つ星の感じ）では、朝食に日本風に炊飯ジャーで炊いたご飯が出る。このご飯は長粒種、インディカ米なのだ。外国人向けに用意しているものと思われる。ご飯が好きな私は毎朝、少しだけご飯に手を出す。火の通らない目玉焼きを作ってもらってご飯の上に乗せれば、卵かけご飯みたいで結構落ち着ける。
（Sホテルの朝食会場。スープとジャムの間に炊飯器がおかれていて、長粒米だが白米が食べられる。）
だが、せっかく用意されたジャーのご飯に誰かが手をつけてあったことはほとんどない。ホテルは残ったご飯をどうしているのだろうと要らぬ心配をしてしまう。そこである朝食の時、レストランの支配人とおぼしき人物を見つけたので話をした。「毎朝用意されているご飯は、エジプト人が好きな粘り気のある米ではなく、長粒米ですね。見ていると、このホテルに泊まるアジア人のほとんどは、日本人、中国人、そして韓国人でしょう。実はこの東アジアの3国では、あなた方と同じようにジャポニカ米を食べているのですよ。もし、このご飯をジャポニカ米に変えれば、もっと喜ばれると思いますよ」と。
支配人は驚いたような顔をして、「そうですか。検討してみます。ありがとう。」と言った。しかし、その後1年以上経っても、いまだ炊飯ジャーの中身がジャポニカ米に変わることはない。