雨やら飲み行ったりで中二日でのジョギングです。
2日休んだのですが右足裏はある程度しか回復しません。
痛くても1日空けると歩く分には問題なく、押すと痛いくらいまで回復します。が、次の日は走らなくても症状はあまり変わりません。
しかし、これを繰り返せばそのうちよくなる気がします。
(本題に戻って)今日は西淡路高射砲陣地跡に行ってみたいと思います。
マップで見ると最短で2.5kmくらいの距離にあるのですが、いつもの河川敷を行くと遠回りですが近所を通るのでその経路で行きたいと思います。
家→河川敷で4kmくらい来て河川敷を離れます。河川敷を上ると中学校が見えます。その横に小学校があってその向こう側あたりです。
ありました。ネットで見ていたより建物的に(高射砲って)分かりにくいです。

写真手前の植物が生えている下の建物です。

別角度からもう一枚。よけい分かりにくいです。
以下ネットから引用
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太平洋戦争末期、1944年(昭和19年)ころ半円形の陣地に建設された、鉄筋コンクリート造の砲台6基と指揮所からなる高射砲陣地跡。
建設当時の地名は国次町。
戦後、この施設を住居として使用する人たちが現れたが、昭和25年から計画されている"市道十三吹田線"の計画地となり、長きに渡り立ち退きを迫られたまま現在に至る。(この計画道路全体の用地取得率事体芳しくない。)
1992年にマンション建設に伴い東側の2基が取り壊され、2012年7月ころから計画道路用地に建つ1基を含む2基が解体・撤去。
早くから工場の一部として転用された西側の1基の一部と、南側の通りに面する外壁が白く塗られた指揮所跡も現存しているが、砲台の面影をとどめるのは北側の通りに面した1基(外階段のついた建物)のみとなった。
建設当時の地名は国次町。
戦後、この施設を住居として使用する人たちが現れたが、昭和25年から計画されている"市道十三吹田線"の計画地となり、長きに渡り立ち退きを迫られたまま現在に至る。(この計画道路全体の用地取得率事体芳しくない。)
1992年にマンション建設に伴い東側の2基が取り壊され、2012年7月ころから計画道路用地に建つ1基を含む2基が解体・撤去。
早くから工場の一部として転用された西側の1基の一部と、南側の通りに面する外壁が白く塗られた指揮所跡も現存しているが、砲台の面影をとどめるのは北側の通りに面した1基(外階段のついた建物)のみとなった。
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というもので家となっています。わざわざ見に行ったので分かりますがはたから見ればお家見学です。
近所の方々はこの家の存在を知っているでしょうからまた誰か見ているくらいは思っているかもしれませんが、今日は私一人だけです。多分、あまり見に来る人はいないでしょう。
ちゃんと調べてから行けばよかったのですが、もう1基あると思っていたのでその辺をぐるぐる探し回りました。
結局なくて帰ってよく調べると2年くらい前に撤去されて残り1基でした。ちなみに工場に1部に転用されている1基はたまたま工場のシャッター?が開いていて見ることが出来ました。
それと指揮所跡も見れました。普通に家の一部となっていてその下を通ることが出来ましたが感想としては家ですね。
築70年、特に手入れをしていないと思いますが、戦後のどさくさで家にしたのでしょうか。たくましさを感じますね。
練習は特に足も痛くなく現地で捜索していた(この1kmだけ12:00/kmくらいかかっています)のでいつもより時間がかかっています。実際のスピードは6:00/kmくらいで走っていました。
練習 場所:街中 距離:10km 1時間07分12秒 6:43/km