フラワーショップ、初面接 | ウェディングブーケを作る私の生活

ウェディングブーケを作る私の生活

花のお仕事は優雅なんてウソウソ!一人で走り回ってるフラワーデザイナーの生活。

かれこれ、1年半前くらいに書いた記事 の続きです♪(^^)




友人の実家がある福岡に遊びに行った時に、


ずっと花屋さんになりたかった私は、ウェディング関係のお仕事をしている


フラワーショップだと聞いて、面接をお願いしたわけです。


そこには、とっても優しそうなすらっとした40代の社長がいて、


私の話を親身に聞いてくれました。


華道を習っていた経験があること。フラワーアレンジの専門学校に通っていること。


OL6年目である今、フラワーショップに転職したいし、いずれ独立したいということ。


すべて真剣に聞いてくれているものの、


アルバイト待遇になるから、今もらっているお給料よりもだいぶ下がってしまうし、


東京で親御さんと住んでいるだろうけど、こちらに引っ越してくるのは問題ないの?と


その点をとっても心配してくださった。




そして私は、「お金なんて、教えてもらいながらいただけるんですから、


私一人食べていけるくらいのお給料でいいんです。


ただ、あと半年で25歳になってしまう。お花屋さんで25歳からって遅すぎると思って。


ここで断られたら、もう行くところがないと思っているくらいなんです。」と


つい自分の弱い部分を見せてしまいました。




そしたら社長が、「まだ、25歳じゃないか!僕がみっちり教えてあげるから


30歳になるまでに独立できるように頑張りなさい!


君はこれからだよ!!一緒に頑張ろう!」と言ってくれました。





ウェディングブーケを作る私の生活



今思えば、24~25歳なんて、まだまだ若いんですよね。


でも当時は、どこか焦っていたんです。未経験で20代後半になる。


もう時間がないって。


転職するんだったら今しかないって。


社長にこれからだよって言われて、どこかホッとして、


そして、ここで修業だと思って頑張ろうと思ったのでした。





福岡の友人の実家に遊びに来ていただけの私は、


二日目、観光をするつもりが、社長の奥さんと不動産屋さんをまわり、


マンションを探しました。ここにしようと決めたら東京の母に電話して


保証人になってほしいと説明。(この時ばかりは母も驚いてました。)


三日目には電化製品を買いに電気屋をまわり、


マンションの大家さんに3ヶ月後くらいにはここに来ます!と伝え、


3ヶ月分の家賃を払って、電化製品が届いたら入れておいてもらうよう伝え


東京に戻ってきたのでした。





それは3月だったのですが、会社に戻って退職届を出したところ、


あとしばらくは仕事を引き継いでほしいし残ってほしいと言われ、


5月末で退職。


6月初旬、福岡での生活が始まったのでした。




ずっとデスクワークだった私。


そこからフラワーショップのアルバイトが始まるのです。





未経験者を雇うということ。


今、こうして花で食べていけるようになって、


自分が未経験者の方をアシスタントさんとして雇うかっていうと、


今、その選択はできないと思うんですよね。


だから、私という人間を育てあげようと思ってくれた社長には


今でも頭があがりません。


自分の生活面では、すごくいい加減な部分が多い私でも、


花の仕事のことだけは几帳面。


それは、一から花について教えてくれた社長のおかげでもあります。


そして、友達もいない私をお祭りに連れて行ってくれたり、


夕飯を社長の自宅に招待してくれたり。


寂しいんじゃないかと気にしてくれて、お世話になっている間、


社長にも奥さんにも本当によくしていただきました。

私にとって、もったいないほどの人。


恩人なのです。


社長を想うと、私もいつか社長が私にしてくれたように、


未経験者の方に


自分の技術を事細かに教えられるような人間になれたらと想うのです。


まだまだ、そのような存在にはなれませんが。


でも、世の中はそうやって回っているのかなと思うのです。









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