久々の自宅にて。 | ウェディングブーケを作る私の生活

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花のお仕事は優雅なんてウソウソ!一人で走り回ってるフラワーデザイナーの生活。

みなさん、こんにちは!

ようやく本日の昼過ぎに退院できました。


私が入院中、お祝いコメントをたくさんいただき、

旦那さんのブログ も見てくださる方々がたくさんいて、

みんなに祝福されているとわかり、本当に嬉しく思ってます。


ありがとうございます。



さてさて。

帝王切開術で3月13日に娘を産んだわけですが、

部分麻酔ってこともあって、手術中の記憶はほとんどあります。

腰に麻酔の注射を打つと(これが痛い。)足から徐々に暖かくなって

だんだんしびれてる感覚になって、そのしびれが胃の方まで効き、

何度もおなかを消毒したのちに切ってもらったのですが、

(切ってるという感覚より麻酔によって押されてるって感覚に近い)

私の左側にあるレントゲンを挟むプラスチックの台が鏡のような役割をして

手術しているところが丸見えになってしまい、

(胸にある見えないようにしてるシートの意味がないじゃん。)

まずお腹を切って子宮が見えやすく皮膚を伸ばしているシーンがリアルに

その鏡によって見え、手を握ってくれている看護婦さんが

「頭見えてきましたよ!」といわれる前から娘の頭が見え

うわ~~~と思っていたら娘が泣き始め・・・。

そのあと子宮の中を羊水なんかをジョージョーとバキュームで吸い取る

音まで聞こえ、娘を旦那さんと家族に見せている間に

1時間くらいで子宮を縫われ、お腹を縫われしてすべて終わったのが2時間が

経過している頃でした。

はじめて娘と対面した時、「よろしくな」と声をかけました。(笑)

娘はびっくりするくらい大きな声で泣いてました。



   

入院中の私です。(笑) へらへらして見えますが、

ホントは痛みに耐えているんですよ。ショック!


手術当日は熱にうなされ、傷の痛みと後陣痛で思うように動けず

床ずれになり、丸1日水分を飲んではいけないので、

口におしぼりをあててもらって・・・。

麻酔のため動けなくなった足に血栓ができないように

機械を一晩中はめられるし、膀胱にカテーテルをはめられるし。。。

これを絶えれば娘に会える!と頑張りました。


でも次の日も少ししか歩くことはできず、

娘には車椅子で会いに行きました。

日に日に回復はしていきましたが、毎日点滴は3つ前後必ずついていたので、

抱っこする時にからみついてしまうし、うまく抱けないから娘は泣くし・・・。

点滴が取れたのは術後4日目くらい。

抜糸できたのが5日目くらいだったかと思いますが、

そのあたりから身軽になったと思います。


昼は母子同室だったので、部屋で娘と過ごすことができますが、

夜はベビー室に戻って行き、

娘が泣くと看護婦さんが「授乳お願いします」と起こしに来てくれました。

授乳室ではお母さん同士で出産武勇伝のような話になるのですが、

40時間苦しんだとか、あの痛みは半端じゃないよね~と言われても

帝王切開の私にとっては、自力で産んだわけではなく、

特に武勇伝があるわけではなく。。。自分は帝王切開だったというと

ラクで良いな~みたいな空気が広がり、ちょっとつらいこともありましたが

仕事が忙しく母親学級にも行ったことがなかったので

たくさんのお母さんと赤ちゃんについて話ができたり、沐浴の練習や

搾乳の仕方を勉強できたりとためになる日々を送ることができました。



娘の名前ですが、私は出産という経験ができますが、

旦那さんにはなんの楽しみもないのが嫌だったので、

旦那さんに名前を決めてもらうことにしました。

名前の由来は、旦那さんの亡くなったお母さんの名前と

私のお母さんの名前から一字ずつ取った名前をつけてくれました。

ファッションデザイナーだったお義母さんと

私が10歳の時、父が亡くなってからというもの、

3人の子供をひとりで育てたお母さんのように

強くて優しい女性になってもらいたいな~と思っています。


すごく平凡な名前ですが、漢字読みするとちょっとめずらしいです。

ちなみに私も幸子(さちこ)と思われがちですが、

私はこれで→佐智子です。(^^)


久しぶりにパソコンに向かったので長文になってすみません。

リビングで娘を囲んで旦那さんとお母さんの笑い声が聞こえてきているので

そろそろ戻りますね。





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