『ごめんね、ごめんね、』


夜ひとり部屋にいると聞こえてきた


どこかで聞いたことがある気がする声


『いらないよね、ごめんね、』


何かを配り歩いているのか


『怖いよね、痛いよね、おぞましいよね』


今日は嫌なことがあったから


また自分を嫌いになったから


もう全部全部捨ててやろうと思ってたのに


ひたすら謝りながらゆらめいていく


何かを押し付けているのだろうか


声は遠くで聞こえたと思うと近づいて


身構えてると遠のいて


安心した瞬間


耳元で囁かれた


「ごめんね、あげるね、」


背筋が凍る


心臓が跳ねる


鼓動が聞こえたら私が思い出せないこいつに


私だと理解されるのではないか


もしくは認識できてしまっていると


バレて何かされるのではないか


目と口に手を当て音を殺す


この恐怖も苦しみも全部


心なんて余計なものがあるせいだ


『捨てていいからね、気にしないからね、』


弱々しい


そのくせ奥底に威圧を感じさせる声


私はこいつが嫌いだ


なぜかそう強くそう思った時


音が途切れた


声が止み私は目をそっと開いた


" 気づかれている "


私を覗き込みながらにゅぅっと差し出された手


溶けている


中身もそれに侵されるようにこいつの手も


何かがどろどろに溶けて中から棘が剥き出しだ


ぽっかりと空いた目はじっと私の瞳を捉えて


何かを訴えかけている


なんなんだお前は


かつては誰だったんだ


必死に息を吸う


そして吐いた


ゆっくりと手のひらを差し出した


『ごめんね、ありがとうね、』


そっと私の手にどろどろの何かを置いた


あたたかい


気持ち悪いはずなのに


柔らかな春のような心安らぐあたたかさ


一瞬手に感じた冷たく鋭い残酷な棘は


そいつの手に刺さっていた


「その棘はどうしたらいいの?」


私は思わず問いかけた


『ごめんね、いいの、』


びっくりしたような目


『でもね、できれば、とってほしいの、』


もじもじしながら半ば諦めているように


伏し目がちに答えられると断れなくて


何がなんだかわからないがとりあえず抜いた


血のようなものが流れたが


もうどろどろで血かも定かではなかった


『ありがとうね、もう大丈夫だね、』


口のないそいつが笑ったような声で言うのが


奇妙で不気味でおかしかった


「そうだね、もう大丈夫だね」


窓から注がれる光


こいつがくれた物とは別の


だけど同じようにあたたかな朝陽


眩しさに思わず目を逸らすと


そいつはいつのまにか消えていた




今日の始まりを告げるように


鳥たちが鳴き始める


嫌なことがあった悲しみは消えないけれど


あいつからもらったあたたかさも残っている


「ありがとう」


私は動き出した


あいつとの " 大丈夫 " を胸に