なぜ、僕は朝、8時に起き味噌を造っているのだろう?

基本的に料理は好きだが、「味噌を造る」は、はたして料理だろうか?

 

水に浸した大豆を今度は大鍋で煮る。

これは僕の悪い癖だが、どんな説明書でもまず最初に目を通すことをしない。

ワンステップずつ必要に応じてしか読まない。

 

「鍋で6時間ほど煮ましょう」

 

煮上がりは14時だ。起き抜けに言いようのない怒りが込み上げる。

火をかけているから外出もままならない。お昼は市販の味噌で作ったナメコ汁と

卵かけ御飯で済ます。

 

午後2時、大豆が煮上がる。

 

「大豆をビニール袋などに入れ均等に潰します。」

 

大豆をどうやって均等に潰すのだろう?僕は仕方なくペットボトルに水を

満杯に入れ蓋をし、それで大豆の入ったビニール袋を叩く、叩き続ける。

これがなかなかの重労働だ。汗が体中から吹き出す。この作業に

2時間近くかかった。午後4時だ。しかしこの様子なら夕ご飯には

美味しい味噌にありつけるかもしれない。

 

あとは麹と塩と潰した大豆を混ぜれば、ほぼほぼ出来上がりだ。

 

終了だ。しかし僕はここで説明書に衝撃の事実が記入されていることに

やっと気がつく。

 

「1年後、美味しい味噌が食べられますよ!」

「1年を通して熟成場所は「人と一緒に生活」が基本。

 人が快適な場所で熟成させましょう。」

 

僕はこの先、1年未熟な味噌と共に生活する。

友人が来る度、

 

「これなあに?」

 

と樽を指差す。「味噌を造っている」というとだいたい「奇特な人」と、

といっても決して褒め言葉ではない、少しあきれ顔で僕を見つめる。

まあ、僕も友人に味噌を造ったことのある奴なんていない。

 

ふと妹の部屋から持って帰ったもう1つの段ボールに目をやる。

 

「南高梅の手作り梅酒」

 

…。