この時期がくれば思い出す。尾瀬に咲く水芭蕉のようだ。
でもそんなキレイな思い出ではなく、冬だしそれでも、今となっては、
少し笑える後輩、島田くんの思い出だ。
昨年の今頃、島田くんは僕に再発したっぽい、と連絡をよこした。
これは僕の想像でしかないが
新婚で妊娠したばかりの妻の存在と仕事から受けるプレッシャーに
耐えかね、統合失調症を再発させた、と島田くんが訴えてきたのが僕の去年の
冬の思い出だ。
2ヶ月ほど振り回されたが、一緒にクリニックに付き添った後、ぱたりと
連絡が途絶えた。僕の周りにいる様子のおかしい人(妹と島田くんしかいないが)は
具合が悪くなると、夜討ち朝駆けで連絡して来るくせに、その後、ぱたりと
消息が途絶える。恩着せがましく言いたくはないが、一度くらい謝罪やお礼が
きちんとあってもいいものではないか?とも思うが、「便りのないのが
元気な証拠」とも考え諦めた。きっと治ったのだ。
僕の考えは常に甘い。何度、繰り返しここで書いても忘れてしまうのだ。
こういう病気は治らない、そう考えたほうがいい。どうウマく付き合っていくかが
大事だ。
すっかり忘れ、一年後の今年、そういえば去年は酷い目にあったなあ、と呑気に
思い出を頭の中で転がしていたら、携帯に見知らぬ電話番号から着信があった。
「島田の妻です」
僕は島田くんの妻とはほとんど面識がない。結婚式の二次会と偶然、飲食店で
顔を合わせた程度だ。たいてい、見知らぬ電話番号からかかってくる電話なんて
ろくなもんじゃない。
「そちらに島田から連絡いきましたでしょうか?」
「いいえ、来てませんよ。」
正確に言うと一度ラインで「デビッドボウイ展行きましたか?」というような
問い合わせがあった。いささか唐突な問い合わせだけど、それだけに
「いいえ」とだけ答えた。
「最近、彼の様子が不安定なんです。なんか去年もそんなことがあって、
私知らなかったんですけど、織部さんにその時、お世話になったとかで、
ここのところよく、織部さんの名前が彼の口から出て来るんです」
あー。それは確実に様子がおかしい。
「どんなこと言ってます?」
「『織部先輩の陰謀じゃないか?』とか『公安の車に織部さんが乗ってた』とか」
「え?何が僕の陰謀?」
「分かりません」
やだやだ。正月が終わると同時に正月気分がすっかり吹き飛ばされた。
「申し訳ありませんが一度島田とお話してもらえませんか?」
「今島田くんは?」
「なんか薬のんで寝てます」
「病院行ったの?」
「いいえ。自分で持ってた薬みたいです」
彼の妻の電話口からは彼女の不安げな言葉と生後5ヶ月の赤ん坊の
「あー」とか「きゃー」とか「ぶー」とかそんな声が響き渡る。
去年は彼女が妊娠中ということもあり、僕と島田くんは、具合の
悪い島田くんの状況をなるべく隠そうとした。
結局、去年はなんとかなったが、その時も様子がおかしいと彼女も感じていたこと、
はるか昔、統合失調症で入院したことがある、という事実を彼女も知ってはいたが
どんな病気かを詳しく知らない、ということがこの電話で分かった。
眠れる獅子をわざわざ起こして噛まれたくないため、明日電話する、と約束して
彼女との電話を切った。
起きたら電話してみよう。しかし現実はその程度ではすまなかった。
朝、目を覚ますとラインが入っていた。
朝6時。目覚めた獅子から二件。
『算数ドリル買ってきてください。』
『これは織部さんと石橋貴明が仕組んだ罠ですか?』
思わず妹のオノヨーコを思い出す。電話じゃダメだ。会いに行こう。