眠たいにゃー









あーあー 春は眠たいにゃー 

ところで今回は何を見せる気にゃ (あのー 今回は退屈されるかと・・・)



それは いつものこちゃ いまさら何を言うにゃ  (おそれいります)

















































 

お寺かいな まあ入ったろにゃ (あのー拝観料要りますが)

そんなのは君が払わにゃ  (とほほ)



※金地院



応永年間(15世紀初頭)に室町幕府4代将軍足利義持が大業徳基を開山として洛北・鷹ケ峯に創建。江戸時代に徳川家康の信任が篤く、「黒衣の宰相」と呼ばれた以心崇伝(いしんすうでん)によって現在地(京都市営地下鉄東西線蹴上駅下車 徒歩数分 )に移転され、現在に至る。



金地院は室町時代に創建された禅寺ですが、時代の脚光を浴びたのは江戸時代初めのこと。

わずか37歳にして南禅寺の住職になった金地院(以心)崇伝は徳川家康に近侍し、外交使節として公家との調整役を担うなど、江戸幕府の権力強化に一役買いました。その権力を持って彼は南禅寺の塔頭として金地院を再興したのです。

寺には往時の権勢を偲ばせる遺産が多く残されています。

方丈は伏見城の遺構を移したもの。その前の「鶴亀の庭」は徳川家万代の行く末を鶴と亀に託したもの。その庭と茶室・八窓席はともに小堀遠州の作。書院の襖絵は長谷川等伯の「猿猴捉月図」。そして、家康の遺髪を納めたという東照宮には狩野探幽の鳴龍が描かれています。























































さっき門くぐったのに また門かにゃ (もんく言うな)

えっ 今なんか言ったにゃ (天の声です)

ひょっとして明智さまにゃ?  (そんなわけにゃ あっ うつったぁ)



※明智門



天正10年(1582年)に明智光秀が母の菩提のため大徳寺内に建立したもので、金地院へ明治元年(1868年)に移築された。





































































これも千社札かぁにゃ (んー ちがうにゃ あっ またやってしまったぁ)

































(頭が高い この紋どころが目に入らぬか)

どっかで聞いたにゃ (はい 葵の紋どころでございます)











花も茎も真白で葉もなく 花でエエんかなぁ  (キレイやったら花やん)



癒されるわ  (無理やりやな)











































それにしても綺麗や 今年はこれが一番 (前回シャガって言ってたくせに)



癒されるわ  (またそれか)

















































名前がわからんだけではイケないんで今回はちゃんと調べたで

(おっ めずらしい事もあるやな雨降らしなや)



ギンリョウソウ(銀竜草)  イチヤクソウ科

学名:Monotropastrum humile

 花期:春~夏



銀竜草 その姿を白い竜にたとえたもの

それよりも別名のユウレイタケ

腐植土から養分を得て育つ腐生殖物

葉緑素を持たないために白い色をしている

従って薄暗い林の中でも生活していける 

やや湿り気のある場所に生える

茎につく鱗片のようなものは退化した葉である

秋に出るものはアキノギンリョウソウ だそうです

清水山









伏見稲荷大社の後 清水山に行ってきました (だったら清水寺行ったんやろ)

行って無い (えっ なんで)

癒し探しに行ってきてん (ふ~ん だったら一番目に清水寺 普通行くやろ)

思いもせんかったわ  (なんでぇ)



だって 赤いベレー帽に赤いパンツの可愛い子が居ってんもん

      (あぶないあぶない 山では そんな恋の炎は消さなあかん)

















































 

わからん (何がや)

花の名前  

(いつもの事やん でもこれが なんじゃこりゃ! 初めて見たわぁー の正体か?)



ちゃうねん これもそうやけど↓↓↓ これ見てやぁ

































































































(なんじゃこりゃ! 初めて見たわぁー ) そやろぉ

何やと思う  (それはな あれや!)

そうかあれか! って なんやねん