一対2







玄関で おまんねやわ (見たわ分かるわぁ)

















































角の対で おまんねやわ  (ふーん とうとう対が探せんかったな)

ばれたかぁ  (とっくにバレとるわあ)

でも まだあると思う  (思うって)









































 



立て看板で お(おまんねやわってか もう しつこいわ)







































 

大小でお (おまんねやわは もうええ 無理やり見つけやがって)





































 

最後は丸で お願いします (なんで? 一対と ちゃうやん)

対はやっぱり対戦とかになるんで平和を乱します

平和は丸で おまんねやわ  (もうええわ)
一対









今回は いっついで おまんねやわぁ (おまんねやわって吉本でしか使わんで)

対比が面白そうで おまんねやわ  (そうでおまんのか)

















































 

陰と陽で おまんねやわ  (陰気くさっ)

























































見事なラン間で おまんねやわ (裏はどうなってんの)







































































裏表で おまんねやわ (そうなん)




格子の向こうは何にゃ 工事中やけど  (はぁ 今調べてまいります)

わかったか  (↓だそうです)

手抜きにゃ











































※東照宮(重要文化財)



崇伝が徳川家康の遺言により、家康の遺髪と念持仏とを祀って寛永5年(1628年)造営したもので、創建当初は日光東照宮と比された。













































よう見えんにゃ (ささ どうぞお近くで)

なんじゃこれは  (・・・)

わからんのか  (それより中を見しょう)

・・・







































なんじゃ あの龍は? (狩野探幽の鳴龍です)



ああ あの狩野探幽の鳴龍かあ って 知るわけないにゃ 



※狩野探幽



鏡天井に描かれている鳴龍は、狩野探幽最初期の傑作と言われている。

その他禅宗建築の天井には天に昇る竜を描かれることが多いが、妙心寺の法堂、泉涌寺の仏殿にも探幽が描いた竜がある。



狩野探幽 慶長7年(1602年)、狩野孝信の長男として京都で生まれる。



慶長17年(1612年)、駿府で徳川家康に謁見し、元和3年(1617年)、江戸幕府の御用絵師となり、元和7年(1621年)には江戸城鍛冶橋門外に屋敷を得て、本拠を江戸に移した。江戸城、二条城、名古屋城などの公儀の絵画制作に携わり、大徳寺、妙心寺などの有力寺院の障壁画も制作した。山水、人物、花鳥など作域は幅広い。



延宝2年(1674年)、死去。享年73(満72歳没)。













































あーあ 眠たくなってきたにゃ

さっきから 君 静かやにゃ (ぐー ぐー)



あっ 君が先に寝て どうするんにゃ  (今回は退屈で眠たいにゃー)