2009年は太宰治が生誕してから100年なんですよ
(へー そうなんや)
松本清張も生誕100年なんです
(えっ 生きてたら同じ年なんやぁ それで三鷹に来たんか)
いえ 私も後から知ったんですけどね
(なんじゃそら)
だざい おさむ、明治42年6月19日 - 昭和23年
昭和を代表する日本の小説家。本名は津島修治(つしましゅうじ)
今回は太宰治の由来の有るところ歩いてみます
(あっ 貸本屋さん ココも太宰治の由来があるか)
いやっ それは分かりません 今でもちゃんと営業されていましたぁ
太宰治の碑がありました
(ほう ちゃんと本の形になってるやん)
楽しみにしていた「街の小さな小さな文学館」
(お休みでしたか)
そうなんです 残念でした
※街の小さな小さな文学館
三鷹市のJR三鷹駅南口の禅林寺通り沿いにある小さな文学館。
太宰治をはじめ武者小路実篤、吉川英治、森鴎外、北原白秋、山本有三、吉田茂 湯川秀樹 他
館内には所狭しと文学者らの原稿や書簡など歴史的資料が展示されている
しばらく歩くと禅林寺の墓所に着きました
(お墓かいな)
そうなんです 太宰治のお墓が有るんです 森鴎外のお墓も有りました
東京都三鷹市にある黄檗宗の寺院である
三鷹駅前の道を真っ直ぐ南下した所にあり太宰治の墓がある
墓は元あった寺院の被災により同寺に移転してきた森鴎外の墓の向かいに森を尊敬していた太宰自身の希望により建てられた
毎年誕生日である6月19日には太宰を偲んで桜桃忌が開かれる
明治・大正期の小説家、評論家、翻訳家、戯曲家、陸軍軍医
第一次世界大戦以降、夏目漱石と並ぶ文豪と称されている
お墓を撮るのには気が引けたので墓前の花を撮りました
(なんの花やねん)
墓地に じか植えされていましたが名前は分かりません
その後 玉川上水沿いを歩きました
(花が咲いてるやん)
そうなんです 良い時期でした
雨の中でしたが花がいっぱい咲いていました
玉川上水沿いに大きな お屋敷が
山本有三の家だそうです
(だれなん)
有名な作家さんですよ
(君は知ってるん)
もちろん・・・知りませんスイマセン
※山本 有三
(やまもと ゆうぞう、1887年7月27日 - 1974年1月11日)
劇作家・小説家である 本名は山本勇造
呉服商の子として 現在の栃木市に生まれる
山本有三の家のご近所の一般の家の(のが多過ぎや)
趣味の良い おしゃれな お庭でのお話
ネコ/ こらー 僕がココに置いて有った大事な宝を盗ったのは誰やぁ
植木/ 私は知りませんよ そう言えば鳥さんが・・・
ネコ/ 鳥はドコに居るねん 俺は不幸だもう明日が無い
トリ/ そんなぁ 大げさな太宰治著「女性徒」に書いてありましたよ
明日もまた、同じ日が来るだろう。
幸福は一生、来ないのだ。
それは、わかってる。
けれども、きっと来る、
と信じて寝るのがいいでしょう。
レストランの駐車場に粋なシトロエン
(シトロエンって 安いなぁ 4,106円かぁ)
相変わらず無理やりですね シトロエンはフランスの車ですよ
※
シトロエン 2CV6 チャールストン
1948年から1990年まで長きに渡り生産され続けた2CV
その中で後半の10年間生産されたのが写真のチャールストンです
これも太宰治の碑なんです
(この石が)
金木町から送られた玉鹿石なんですけど
石って言うより この場所に意味が有るんです
入水地点を表す石なんです
ずっと何も置いてなかったのですが
1996年に初めて目印の石が置かれました
太宰治著「女性徒」の最後に こんな事が書いてありました
おやすみなさい。
私は、王子さまのいないシンデレラ姫。
あたし、東京の、どこにいるか、ごぞんじですか?
もう、ふたたびお目にかかりません。
広く場所を取ってる割に小さな碑がありました
富士には月見草が良く似合う 太宰治
三鷹には太宰治が良く似合う ぶんた(←いらんやん)
玉川上水沿いの三つ葉のクローバを撮っていたら
見知らぬ お姉さんに「四つ葉のクローバは見つかりましたか?」
と声を掛けられました 私は「ありません」
あぁー なんと愛想の無い返しの言葉 反省した私は直ぐに 立ち去る
お姉さんの背中に向かって「幸せは見つかりませんでしたぁ」
そう言うと お姉さんは振り返りニッコリ笑顔で会釈してくれました



























































