人間は、嘘をつかなければいけない。
なぜ、一般的に嘘はいけないといわれているのだろうか?たしかに、法律で詐欺罪とか偽証罪があるから、ルールとして嘘をついてはいけない。でもルールと言うのは、人間が作ったもので、嘘をついてはいけないよという遺伝情報はないはずだ。
DNAいわゆる本能にはさまざまある。マズローの階層説が、僕は本能にあたるのではと常々考えている。ならば、嘘をついてはいけないというのは、マズローの5段階の中にはいるのだろうか。
生理的なものでもないし、身の保全でもないし、帰属精神でもない。承認欲求や自我のカテゴリーに属しているようにも思えるけど、やっぱり違うような感じがする。嘘をついてはいけないということを、5段階のどこかに位置付けするならば、それはただの詭弁であり、ゴリ押しだ。
理論や理屈というものをこねくり回して、粘土細工のように、自分の好きな形を象れば、確かに正となるかもしれない。
しかし、それでは本質からかけ離れている。人を愛するのに理由がいらないように、本質にも理屈や理論がいらないように思える。ということは、説明に理論や理屈が存在したものは、本質ではないと受け止めることもできる。
虫けらだって、グラビアアイドルだって、僕だって、1日の時間は24時間。これは、否定しようのない事実。人間は、どうやら24時間の中で、たくさんの嘘をついている。3秒に一回とか3分に一回とか、どっかのえらい学者さんがいっていたけど、多かれ少なかれ、みんな嘘をつく。その大小はあるけれど。
うそは、見る人によっては、嘘となり、真実ともなる。見る人とは、立場が違うだけで、同じ人間。どうして、このようなことがおきるのか?なんだか、面倒になってきたのでこの話は、このへんでやめておこう。深堀はしない。
でもね、絶対に嘘をついてはいけない人がいると思う。
自分には嘘をついちゃ駄目だよね。
きっと。
待ち人こず。