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三十章④

 

 

 

 

「えーと、それが済んだら、俺達だけ

の時間になるんだ。ノルウェーの、な

んて言ったっけな?」

 

 パスポートの入ったショルダーバッ

グを覗いて、メモ用紙を開いた。

 

「そうだ、ハダンゲルフィヨルド。こ

んな地名、絶対覚えられないな、そこ

のホテルに泊まって、えーと、次の日

にね、フィヨルド観光の船に乗る。」

 

 サンドウィッチの端を噛んだ。それ

から缶コーヒーのプルタブを引いて、

百合子に渡した。

 

「それからオーストリアのハルシュタ

ットで四泊。そこでゆっくりできるよ。

おばあさんの実家に行ってみるんだろ、

まだ残っているわけ?」

 

「分からないの。お母さんに住所を聞

いて、写真を持って来ただけ。確かめ

るだけで良いの。お母さんも、おばあ

さんが育った家がどうなっているのか、

出来たら知りたいって。

 

今年、お父さんが定年なの。残ってい

るならね、お母さん達も行ってみたい

んだって。」

 

「オーストリアがおばあさんの故郷か。

昔、日本人と結婚してか、・・・色々

苦労があったんだろうな。」

 

「お母さんにハルシュタットに行くっ

て言ったらね、おばあさんの故郷よっ

て言うんだもの、私もびっくりなの。

 

おばあさんは日本に来て、一度も母国

に帰らなかったんだって。オーストリ

アってもともとドイツでしょ。

 

ヒトラーもオーストリア出身とかで、

そうすると敵国の人間じゃないわけで、

日本に来て迫害は受けなかったんだっ

て。

 

でもね、もちろん西洋人だから、周り

の目があって、生活は息苦しかったみ

たいね。」

 

「ふーん、俺、ハルシュタットに何か

縁があるのかもしれないんだ。」

 

「健太君と一緒に、ハイキングコース

を調べたのよね。」

 

「そう、俺の心の半分は、あいつと作

ったようなところがあって。聞く?」

 

「うん、高校生の健太君の話のように、

あなたの話もとても聞きたい。」

 

「せっかく作った時間だものな。少し

はあいつを思い出すのも、良いのかも

しれないね。旅行中に話せたら、なる

べく話すようにする。さてと、ようし、

そろそろ行こうか。」

 

 咲人は、前方に見える空港ターミナ

ルビルを見上げ、百合子を見て微笑ん

だ。

 

「なあ、クウオ―ターと、日本人の子

供はどんな顔をしているんだろう?」

 

「え?」百合子が目を丸くした。

 

 

 

 

       < 続く >