有名ですよね。 「人類の進化」の、あのイラスト。
チンパンジーみたいな祖先が 
だんだん背筋を伸ばしていって、 最後にシャ
キッとした現代人になる――。
 
私たちはつい、こう思いがちです。
 
「まず頭が良くなり、知性が生まれ、道具を
使うようになった。だから身体がまっすぐ立
ち上がったんだ」と。
 
でも、アフリカの乾いた大地から 掘り起こ
された古い骨の破片は、その“常識”が真
っ赤なウソだったことを教えてくれます。
 
人類の旅は、脳ではなく。 まず「足」から
始まっていたのです。

■ 脳容量400ccの直立歩行者

1974年、東アフリカの荒野で、 約320万年
前の初期人類の骨格が見つかりました。
 
親しみを込めて「ルーシー」と呼ばれる、
アウストラロピテクスです。
 
彼女の骨盤や膝の構造を調べると、 驚くべ
き事実が分かりました。
 
すでに私たちとほぼ同じ、 「完全な二足歩行
」をしていたのです。
 
ところが、頭蓋骨に収まっていた脳の容量
は、チンパンジーと変わらないわずか400cc
ほど。現代人の3分の1にも満ちません。
 
彼女は、小さな脳のままで、 サバンナの大
地にまっすぐ立ち、歩いていた。
 
脳が大きくなってから歩いたのではない。
 
立ち上がり、果てしない距離を歩く覚悟を決
めたから。
 
結果として手が自由になり、道具が生まれ、
後から脳が追いついてきたのです。

ルーシーの時代よりもさらに昔

刻まれた足

タンザニアのラエトリという場所には、 奇跡
の化石が残っています。
 
ルーシーの時代よりもさらに昔。 まだ熱
を帯びていた火山灰の上を、二人の初期人
類が並んで歩いた「足跡」の化石です。
 
この足跡を細かく分析すると、 木を掴むため
のチンパンジーのような離れた親指ではなく、
すべての指がまっすぐ前を向いていました。
 
そして何より…… 現代の私たちと変わらない、
美しい「土踏まず(アーチ構造)」が、明確に
地面に刻まれていたのです。
 
彼らは安全な樹上を降り、 ただ「歩くこと」を
選び、 その身体を研ぎ澄ませてきたのかもしれ
ません。

■ スピードではなく「距離」のための足

サバンナという過酷な環境で生き残るため
に、人類の足が選んだのは、移動の「速さ」
ではありませんでした。
 
短距離の瞬発力だけで言えば、 四足で走る肉食
獣には到底かなわない。
 
それでも、人間がまっすぐ立って歩くという
行為は、実は驚くほどエネルギーを消耗しな
いのです。
 
チンパンジーの「ナックル歩行(拳を地面に
つくスタイル)」と比べると、移動に必要な
エネルギー効率は約4倍も良いことが分かって
います。
 
つまり人間は、
  • どこまでも
  • いつまでも
歩き通せるという、驚異的な「省エネユニッ
ト」を足の裏に手に入れたわけです。
 
この足があったからこそ、 点在するわずかな
食料や水を求めて、 果てしない荒野を歩き抜
くことができたのでしょう。

■ 歩くことが、脳を解放した

足が「歩行の義務」を一手に引き受けてくれ
たおかげで、前足は「手」という自由を手に
入れました。
 
自由になった手は、
  • 石を研いで道具を作り
  • 重いものを運び
  • やがて火を操る
ようになります。
 
指先を細かく使う刺激が大脳皮質を育て、 道
具の発達によって強力な顎の筋肉が不要に
なると、頭骨が広がるスペースが生まれまし
た。
 
今の私たちの豊かな知性はすべて、 足の裏が
地面を蹴る、あの一歩から始まっている。
 
――ところで、今日。 私たちは本当に歩かな
くなりました。
 
四角い画面を眺めながら、 スマホの歩数計の
数字を増やすためだけに 義務のようにこなす、
現代のウォーキング。
 
320万年前、果てしない荒野を前に 「歩き抜く
覚悟」を決めたあの足の裏を、 私たちはいつの
間にか忘れてしまったのかもしれません。
 
この効率化の先にあるのは、 人類の「進化」で
しょうか。 それとも、「退化」でしょうか。