「キョーコ=スカイブルー=レイネ」
「はい」
「良い名前ですね」
「ありがとうございます」
「質問をどうぞ」
無表情に言う彼女に、わたしは軽く顎を引いた。
「先ほどの発言に関して。あなたになにが分かるのですか?」
「全てが」
さも当然であるかのように答えるこの女に、無性に腹が立った。
神子田久里(みこだ・くり)。
日本で、いや、世界で知らぬ者などいない空間子物理学の権威。それだけではない。あらゆる科学分野に関して彼女は影響力を持っている。
世界最高の頭脳。
天才。
人の物差しで測れぬ者。
狂人。
そして、凡人のわたしは、何も言い返せずにいる。
確かに彼女はわたしより遙かに優れている。この分野にも造形が深いだろう。
しかし、だからといって完全否定されてはたまらない。そんな権限もない。
わたしが費やした時間は、全くの無意味ではない。
「貴女が生きている間に、貴女が思っている形で実用化されることは100%無い――そう断言しましょう」
周囲でどよめき声があがった。
わたしはそれでも負けなかった。
「あなたに何の権限があって、そんなことを言うのですか?」
「この場で、貴女は誰かに許可を貰って発言しているのですか?」
「しかし、言い方というものがあると思いませんか」
「言い方?」
彼女は、ふふ、と微笑した。
「Unique...貴女はとても面白い。仏語でよろしければ優しくできますよ?」
自分の頭に血が全速力で駆け上っていくのが自覚できた。
このまま、感情にまかせてコーヒーカップを優美な顔に投げつけてやろう。
そう思って視線を降ろした時、すぐ横に座っている名前も知らない頭の禿げかけた助教授の顔が目に入った。
弱々しく首を左右に振ってわたしをなだめようとしているようだが、それをはっきりと言葉にしないのに腹が立った。
結局、誰もわたしを本気で止めようとしなかった。
何故? 自分たちの研究が、真っ向から否定されているのに。
これではただの負け犬ではないか。
こんな情けない人たちと共に頑張ってきたのだろうか?
否。
例え一人だけだとしても、わたしはいつだって頑張ってきた。
自負――誇りがある。
「わたしはこの研究に誇りを持っています」
「No means No...貴女のいう近い将来性というものが全くない。私はそう言っているのです」
はっきりと彼女は言った。
辛辣な内容なのに、まるで子供を諭す時のように表情はとても優しい。
そのブルーの瞳がわたしをやんわりと見据えた。
意志だけで構成されているような綺麗な瞳だ。
……それに対して、わたしは睨み付けるしか出来なかった。
「では、コンセプトが間違っている、と仰りたいのですか?」
「必要なことはもう述べました」
「久里博士!」
「なんでしょう?」
「わたしは……あなたが嫌いです」
「それは哀しいことです。キョーコ。泣かないでください」
頬に手をやると、涙が指にまとわりついた。
わたしは泣いていた。
会議は、それで終わりだった。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「……れでね、ノンアルコールやのに『酔っちゃったかも』なんて、アホやんね~」
「え……? あ、うん」
潮の香り。
ゆったりと流れる景色。
車のいない道路と、青空、青空――スカイブルー。
「疲れとるん?」
「うーん。運転疲れかな?」
嘘だった。
少し、少しだけ、思い出していただけだ。
「あまり、考えない方がいい」
「うんうん。せやで~」
コウイチロウの言う『考える』とヒトミのそれとは当然違っている。
結局、彼のほうが正しかったのかも知れない。彼は今でも、自分のやりたいようにやっている。臨床では相変わらず、空間子力学治療の需要は変わらない。
でも、わたしはやりたかった。
まるで子供みたいに、ただただ、好きなことをやりたかっただけなのに。
――あの日を境にして、空間子力学の分野に出資する企業は殆どいなくなった。
沢山の研究所が企業に買い取られていった。
ごく一部の研究者と共に。
全ては、もう、終わったのだ。
気が付いた時にはいつだって手遅れで。
全てが、一瞬で、記憶に変わる。
その中から、想い出だけを探し出す、哀れな自分が、ここに、いる。
To be continued...
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