躙り口から茶室に入り、

最初に床の拝見となるが、

それに先立って、

客同士が待ち合わせる「待合」にも

お軸が掛けられていることがある。

待合に掛けられているお軸のことを

寄付掛け」(よりつきがけ)

というらしい。

 

待合に掛かっているお軸は、

客が本席前にくつろぐ場なので、

書のものでも、墨蹟などの

堅苦しいものではなく、

短冊色紙消息(手紙文)などで、

 

その他、山水図や、花鳥図など

絵の掛軸も多く、

季節感を感じられ、いいものだ。

絵の掛軸には画賛(がさん)

のあるものもあるが、余り難しい

画賛は望ましくないとされている。

 

待合の掛け軸は、

本席との相関関係を意識して出され、

本席全体の趣旨に合致していなければ

ならない。

それに、お軸としてのつり合いが

とれていることが必要で、

かといって、

全く同じでもいけないので、

時代とかもずらすとか、なかなか難しい。

 

本席の趣旨を裏からほのめかす

くらいのものがあればいい。

実際のところ、手持ちのもので

そうそう都合よく揃えるのは大変

 

数年前、初釜の待合に

達磨の図の掛け軸が出されていた。

達磨の図は、茶席でも、

しばしば出される。

 

達磨大師は、禅宗の祖とされ、

インドから中国に渡り、洛陽の

東方にある嵩山(すうざん)の

少林寺に籠もって九年間も壁に

向かって座禅を組み続け、

悟りを開いたという故事から

面壁九年という言葉もある。

 

茶席に、これを出すのは、

茶禅一味」という意味と、

面壁九年ということから、

長い期間かかっても、粘り強く

お茶の修行に取り組んでください

という意味

 

本席で、亭主から

待合の掛け軸の説明があって

「面壁と申しまして、達磨が修行を

して悟りを開いた・・」との説明が

あったのだが、

そこに出された達磨図が

何となく、にこやかで、

可愛らしくて、どうみても

修行の厳しさが感じられない。

 

正客が困って、どう答えようか

迷ってしまった。

つり合いが取れない例なのかもしれない。

 

それに、茶事・茶会とっても、

何かと制約もあるもので・・・

亭主でも好き勝手にできない。

 

昨年出たお茶会には、裏千家の

お家元がいらっしゃったのだが、

主催者側としては、どうしても

家元に気を遣ってしまうようで、

お家元の書を本席の床に出し、

待合には、鵬雲斎大宗匠の竹の

絵と画賛だった。

 

お家元を招いている以上、

亭主の好き勝手にできないのは

もっともだな・・・と思う。

こういう出し方をされると、

本席の趣旨がどっちなのか、

客に分かり辛くなる。

 

それにしても、

これが「貴人」のいる時代なら

来客に気を遣うなんて気軽なもの

じゃなく、

例えば、秀吉と利休のことを思えば

亭主でも、お殿様の気分を害すると、

即処分されてしまうだろう。

良い時代に生まれたとしか、いえない。

 

お正月も近いので、

私の持っている掛け軸を・・・

裏千家10代認得斎の絵と画賛の

達磨図