NHKドラマ「紅い花」 | 人力飛行少年の肉体を脱ぎ捨てたなら

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見知らぬあなたに愛を吟じよう

 

1970年代前半のTVドラマには、エンタメとは程遠い、作家性の強い抽象的な作品が多くて、

特に視聴率に縛られる事のないNHKは、既成の価値観に捉われない、自由な発想のドラマを

数多く作っていました。その代表的な演出家が佐々木昭一郎で、「さすらい」「紅い花」

「四季・ユートピアノ」「川の流れはバイオリンの音~イタリア・ポー川」の4作が、

文化庁芸術祭ドラマ部門の大賞を受賞しています。

1976年に放送された「紅い花」は、シュールな画風で知られる、漫画家つげ義春が原作で、

インディーズ系のアングラ漫画雑誌「ガロ」の執筆者として、「フーテン」の永島慎二とともに、

学生運動が盛んな当時の反体制的な若者や、漫画は子供が読むものと馬鹿にしていた

インテリ層に、多大な影響と衝撃を与えました。

 

  

「紅い花」

 

最近、このTVドラマ化された「紅い花」を、YouTubeで偶々見つけて、42年ぶりに観る機会を

得ましたが、かなりの場面が記憶から抜け落ちていただけでなく、挿入歌に使われていた

ドノバンの「リバーソング」を気に入って、何度もリピートしていたはずのに、今聴き直すと、

ザ・ドアーズの「ジ・エンド」に似ていたことが初めて分かり、年齢を重ねることによって、

多種多様な情報が蓄積されることで、曖昧な記憶は再構築されていくものなんだと、

理解したのでした。

 

つげ義春は、1987年の「別離」を最後に、漫画を描いていませんが、山下裕二等との

共著「つげ義春 夢と旅の世界」(新潮社刊)と一連の作品が評価されて、昨年の日本漫画

協会賞のコミック部門で大賞を受賞して、久々に注目されています。

ただ、ポエトリーな「紅い花」や「古本と少女」とは対照的な、「ねじ式」や「ゲンセンカン主人」の

陰惨な悪夢の世界が、今の若者の感性に訴求できるか(または発信できるか)は甚だ疑問で、

今後も、大衆に嫌悪する似非評論家や文化人等に、芸術の名のもとに、マニアックな枠の中に

閉じ込められて、弄ばれる事になるのでしょう。

 

  

         「ねじ式」                     「ゲンセンカン主人」

 

 

 

 

 


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