彼岸の墓参り 故郷の港町に行ってきた。
江戸時代から 我が家はこの町に住んでいたので 分家で途絶えた家 父方祖母の実家の寺 お墓 その他 曽祖父が 指導受けていた 真言宗の高僧のいた古刹 母方の実家が廃寺になる寺を援助して 今に至る曹洞宗の寺 我が家に養子に入り力及ばずで 名前をもらって 分家を起こした人の墓 などなど 我が家の歴史の数々の お参りする墓と寺が 点在するので 1日では回りきれない。
ジャズ喫茶 バップには必ず顔を出す。
この町に来ると 夕食は 寿司 と イカ刺しと決まっているのだが ふと思い立って 数十年も昔からある 「津軽屋食堂」に出かけた 昔から 安くて 魚がうまいのだ。 食堂だから 東京の昭和の学生時代の食堂 のように チョイスである。
ご飯 味噌汁 漬物はサービス ポテトサラダ ノンアルビール注文
今回行くと うまそうな シャケ があったが ふと見ると 当地で言うところの「ばばがれい』カレイの 切り身の厚い煮物があったので そちらに変更してもらった。このカレイはこの地でないと食べれない。
店は満員 港にクルーズ船がはいると外国人も来るそうだ。スマホの時代だ。
今回は 津軽海峡を守る 海上自衛隊の 軍艦が 港に停泊していた。
週2日休み 営業時間も短い 酒場ではなくて 食事をするところ(食堂)なので昼食時間から 夕食時間でおしまい。
ご当地出身の GLAYが U-tubeで紹介しても 庶民の食堂 値段 味は変わらない
食後ノンアルビール飲みながら 店内客の観察をし終わって さて会計 と思って
5000円札用意したが 会計が1300円で お釣りが来るような値段で 5000円札を引っ込めた。
いつもこの町に来るとこの町に住んでいた時の老舗の寿司屋に行くのだが 値段は高い。
この度 この値段で一品のカレイの煮付け 故郷の懐かしさ最高です。
昭和の初期に祖父が建立した 石段組の大きい白い御影石の墓 墓の敷地に入る扉は 戦争中に強制的に提出されたので そのままだ。 墓の敷地内に父が建てた我が家の墓史がある。墓の側面に刻み込まれずにいた ご先祖の戒名 が 過去帳から拾って
刻まれている 我が家の江戸時代からの歴史も父の手で書かれた。
お坊さんに来てもらって 墓の前で お経を上げてもらい 江戸時代文化 文政 激動の明治初期の箱館戦争 昭和初期 そして 敗戦 を乗り越えた ご先祖の奮闘に感謝した。だから私がいるのだ。
稀に見る いい秋晴れだ。港が綺麗によく見えた。

