文化の日は毎年我が家の菩提寺で 秋の法要がある。

浄土真宗のお東さんだ。法要の前に 檀信徒のみな様に お寺から 御斎が振る舞われる。簡素な精進料理 新鮮な野菜の味がそのままの 絶品の料理だ。

 

 

これをいただいてから 法要に入る皆 本堂に移動する。

10人のお坊さんと 住職の唱和で  正信偈 ナムアミダブ が高い天井に反響してお堂に充満する。

体が お経に浸透して肉体が消えてなくなり 私の魂だけが宇宙に浮いている感じだ。世界の果てまで 宇宙の果てまで ひとっ飛びーー孫悟空の感じだ。

 

[花びらは散っても花は散らない。形は滅びても、人は死なない。]

真言宗の碩学 金子大栄師の言葉だ

花びらは散っても もう土の中では来年の花を咲かせるうごきがある。

人間目でみている次元では 花が散って枯れて死んだようだが 自然界の

宇宙の根源では 死などない 延々と生命の循環があある。

人も同じだ 細胞は 分子で出来ていて 分子は素粒子からできていて

私が知る限りでは四つのクオークが一つの素粒子をつくっているらしい。

しかも素粒子は時々数億分の1秒くらい 一瞬見えなくなるらしいのだ。

宇宙ー人間を作っている素粒子が 一瞬消えてしまうのだ。

私が消えるのだ そんなことって宇宙の実態なのだ

宇宙の根源でできた 素粒子が 星雲を作り 星を作り ついには人を作り しかもそれは消えるのだ。

人間の存在は宇宙科学的に考えて 肉体ではないと思えないだろうか。

 

そんなことを思っていると 住職は 本堂の暗闇の中 蝋燭灯で 親鸞聖人の御一生を語る 御伝承を 闇に向かってお読みあげていく。

霊感の世界だ