ナカガワのライフログ -2ページ目

楽になる場所を探してフィリピンへ


※この記事は、俺自身の実体験・会話ログ・音声記録、口調、人格をもとに、AIライターが文章化しています。
出来事・考え・判断は本人のものです。


【前回までの流れ】


子どもが生まれる前、俺たち夫婦はEC通販の仕事をしながら自由に生活していた。


働きたい時は働く。
休みたい時は休む。
思いついたら旅行にも行く。


でも子どもが生まれて、その生活は大きく変わった。


家事、育児、仕事。


自由に自分の時間を使えていた生活から、子ども中心の生活になった。


その中で会社売却、投資、そして子どもたちの未来を考えて海外移住を決断。


ドバイという環境に可能性を感じた。


でも次男が生まれたばかり。


いきなりドバイ移住は難しかった。


そこでまず選んだのが、家族でのフィリピン親子留学だった。


正直、フィリピンにはかなり期待していた。


やっと楽になる。


そう思っていた。


ただ、日本にいた時も全部を自分たちだけで抱え込んでいたわけではなかった。


家事が苦手なら仕組みで減らせばいい。


時間を生まない作業なら外にお願いすればいい。


そう考えていた。


だから日本でも、


・時短家電を使う


・料理は家政婦さんにお願いする


できることはやっていた。


それでも足りなかった。


子どもが生まれる前みたいな自由は戻らなかった。


特に子育ては、自分たちだけでは仕組み化できない部分が多かった。


だったら、もっと家族全体をサポートしてくれる環境に行けばいいんじゃないか。


そう思った。


フィリピン親子留学は理想に見えた。


・食事がある


・家事負担が減る


・シッターがいる


・キッズクラスがある


・英語環境もある


子どもは友達と遊べる。


親にも時間ができる。


これなら家族全員にとって良い環境になるんじゃないかと思った。


でも現実は、最初から予定通りにはいかなかった。


到着してすぐ。


次男が血便を出した。


いきなり海外の病院。


診察して帰ってくるまで7時間ぐらい。


知らない国。


慣れない医療。


まだ生活も始まっていない状態。


そこからも家族全員で体調を崩したりして、最初の2ヶ月ぐらいは本当に病気が大変だった。


さらに想定外だったのが生活環境だった。


家族4人で一部屋の寮生活。


これが思った以上にストレスだった。


日本では自分たちの家がある。


多少子どもがおもちゃを散らかしても問題ない。


でも共同生活だと違う。


共有スペース。


他の家族。


他の子ども。


周りへの気遣いが必要になる。


そして一番想定と違ったのが長男だった。


行く前は、


子どもがたくさんいたら、一緒に遊ぶだろう。


その間、親は楽になる。


そう思っていた。


でも違った。


長男は子どもより大人と遊ぶ方が好きだった。


友達同士でずっと遊ぶタイプじゃなかった。


おもちゃの取り合い。


遊び方の違い。


集団行動。


色んなところで摩擦が出た。


キッズクラスから脱走することもあった。


最初は、


環境を変えればもっと楽になる。


そう思っていた。


でも途中から考え方を変えた。


ここは子育てを全部解決してくれる場所ではない。


だったら、今この環境で得られるものを最大限取りにいこう。


そう考えるようになった。


せっかく海外まで来た。


なら英語環境として最大限使おう。


長男を普通の集団に無理やり合わせるより、合う形を作る。


そこでマンツーマンで先生についてもらうことにした。


行動を見てもらう。


興味に合わせてもらう。


ちゃんと向き合ってもらう。


すると結果的に良かった。


英語も伸びた。


長男自身も楽しそうだった。


この経験で感じた。


環境は大事。


でも、良い環境に行けば自動的に全部解決するわけじゃない。


結局、その場所でも自分たちに合わせて作り変える必要がある。


これは仕事でも同じだった気がする。


EC通販をやっていた時も、最初から正解なんかなかった。


やってみる。


違ったら変える。


改善する。


その繰り返しだった。


子育ても同じなのかもしれない。


フィリピンは想定とは違った。


でも行った意味はめちゃくちゃあった。


海外で生活すること。


英語環境。


子どもの特性。


家族に必要な距離感。


実際にやらないと分からないことばかりだった。


そして次はいよいよドバイ。


そう思っていた。


でも、そのタイミングで中東情勢が変わる。


自分一人なら行ったかもしれない。


でも今は家族4人。


勢いだけでは決められない。


そこで一度、計画を変更することになる。


熱は冷める。だから未来の自分が逃げられない場所に杭を打った


【前回までの流れ】

子どもが生まれる前、俺たち夫婦はEC通販の会社をしながら自由に生活していた。

でも子どもが生まれて、人生は大きく変わった。

自由だった毎日は家事と育児中心になり、仕事も思うようにできなくなった。

このままでいいんかな。

そんな時にAI時代の未来について考えるようになった。

これからの時代、子どもたちに必要なのは何なのか。

そして、自分自身ももう一度挑戦するなら、どんな環境に身を置くべきなのか。

そう考えて向かったのがドバイだった。

実際に行ったドバイは、想像以上に衝撃だった。

建物の豪華さじゃない。

そこに集まる人、お金、挑戦する空気。

「この環境に身を置く価値がある」

そう感じた。


【人間の気持ちは簡単に元に戻る】

ドバイ不動産ツアーに行く前、正直なところ不動産を買うつもりまではなかった。

見に行くだけ。

情報収集。

そんな感覚もあった。

でも現地で数日過ごしているうちに考えが変わった。

「このまま日本に帰ったら、この熱は消える」

そう思った。

人間って環境に引っ張られる。

その時どれだけ強く思っても、毎日の生活に戻ったら少しずつ薄れていく。

これは仕事でも経験していた。

昔、EC通販をやっていた時。

もっと早く東京に行っていたらどうなってたんかなって、会社を売った後によく考えた。

地方で普通に生活していると、自分の周りの基準が普通になる。

でも周りに何十億、何百億を目指してる経営者がいたら?

毎日そんな人たちと話してたら?

たぶん自分の当たり前も変わってたと思う。

自分の能力だけじゃなく、環境で結果は変わる。

それを感じていた。


【ドバイとの接続ポイントを作りたかった】

だから不動産を買った。

投資として完璧だったから。

絶対値上がりすると思ったから。

そんな綺麗な理由だけじゃない。

むしろ物件選びとしては反省点もある。

ほんまに資産価値だけを考えるなら、もっと時間をかけて調べるべきだったと思う。

でも、あの時の目的はもう一つあった。

未来の自分がドバイから離れない理由を作ること。

人間は弱い。

帰国して、

日本便利やな。

やっぱ海外大変そうやな。

子どもいるし、もう少し後でもいいかな。

そうやってズルズル戻る可能性があると思った。

だから先に杭を打った。


【逃げ道をなくしたかったわけではない】

少し違う。

自分を追い込むためだけじゃない。

接続ポイントを残したかった。

ドバイに家がある。

ドバイに資産がある。

ドバイに行く理由がある。

それだけで未来の選択肢が変わる。

何もしなかったら、たぶん普通の日常に戻っていた。

そして数年後、

「あの時行けばよかった」

と言っていた可能性もある。


【実際、日本に帰ると熱は冷めた】

これは予想通りだった。

帰国したら普通に日本の生活が始まる。

日本は便利。

安全。

ご飯もうまい。

生活するだけならめちゃくちゃ快適。

するとドバイで感じた感覚は少しずつ薄れていった。

でも契約は残っている。

支払いもある。

ドバイとの関係は続いている。

あの時買ってなかったら、今どうなっていたか分からない。


【人生を変えるには、その瞬間の自分だけを信用したらあかん】

今の自分が思うのはこれ。

決意って弱い。

「いつかやる」

「本気になったらやる」

そう思っても、環境が戻れば人間も戻る。

だから本当に変えたいなら、未来の自分が動きやすい仕組みを作る必要があると思う。

もちろん、この判断が正しかったかはまだ分からない。

ドバイに行ったこと。

不動産を買ったこと。

海外へ向かうこと。

10年後どうなってるかなんて分からない。

でも少なくとも、あの時何もせず帰るよりは、自分らしい選択だったと思う。

次は実際に海外へ向かう準備。

理想だけじゃない。

家族を連れて国を変える現実と向き合うことになる。

努力する場所を間違えたらどうなるのか。ドバイで感じた環境選択の重要性


※この記事は、俺自身の実体験・会話ログ・音声記録、口調、人格をもとに、AIライターが文章化しています。
出来事・考え・判断は本人のものです。

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人生で結果を大きく変えるものって何なんやろう。

才能。

努力。

継続力。

もちろん全部大事だと思う。

でも10年近く会社をやって、会社を売却した時、もう一つ大きな要素があると思った。

それが環境だった。

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前回までの話

子どもが生まれる前。

俺と妻は物販・EC通販の会社を経営していた。

もっと成功したい。

もっと自由になりたい。

そう思って仕事をしていた。

でも子どもが生まれて生活は大きく変わった。

家事、育児、仕事。

全部を抱える中で、今後の人生を考え直すことになった。

株式投資で資産を増やし、約10年続けた会社も売却した。

そして次の人生を考えている時、AI時代の未来について考えるようになった。

これから社会はどう変わるのか。

子どもたちはどんな世界で生きるのか。

その答えは分からない。

でも一つ強く思うことがあった。

これからの時代は、どこにいるかがさらに重要になるんじゃないか。

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環境について考え始めたのは、ドバイへ行ったからではなかった。

もっと前。

会社を売った頃だった。

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約10年EC通販をやった。

会社も作った。

資産も作れた。

十分ありがたい結果だったと思う。

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でも同時に、一つ思っていたことがある。

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もし起業して軌道に乗り始めたタイミングで東京に行っていたらどうなっていたんやろう。

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これは今でも分からない。

地方だったから成功できた部分もあるかもしれない。

固定費も低い。

誘惑も少ない。

集中できた。

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でも逆も考えた。

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東京にいて、もっと大きい経営者と会っていたら。

もっとレベルの高い情報が自然に入る場所にいたら。

資金調達。

人脈。

事業展開。

考え方。

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会社の規模は一桁変わっていた可能性もあるんじゃないか。

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もちろん結果論。

後からなら何とでも言える。

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でも10年商売をした後だからこそ感じた。

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自分の能力を伸ばすより先に、自分がいる場所の基準を変えることも大事なんじゃないか。

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周りが年商1億を目指していたら、それが基準になる。

周りが100億企業を作ろうとしていたら、それが基準になる。

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人間は、自分が思っている以上に周囲の「普通」に影響される。

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そんなことを考えていた時、ハラリの本を読んだ。

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AIが進んだ未来。

仕事の変化。

格差。

富裕層とそれ以外の分断。

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もちろん、それが本当に起きるかは分からない。

未来予測はあくまで仮説。

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でも俺には無視できなかった。

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もし本当に世界が大きく変わるなら。

もし富や情報やチャンスが一部の場所に集中するなら。

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どこに所属するか。

誰の近くにいるか。

それが今まで以上に重要になるかもしれない。

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そう考えた。

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だからドバイは、旅行に行って突然好きになったわけではなかった。

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行く前から仮説があった。

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世界中のお金、人、企業が集まる場所。

成長を目指している場所。

未来を作ろうとしている場所。

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もしこれから格差がさらに広がる世界になるなら。

その中心に近い場所へ行くべきなんじゃないか。

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そう思っていた。

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そして実際に行った。

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そこで感じたのは、豪華さではなかった。

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高層ビル。

高級車。

派手な街。

もちろんそれもある。

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でも一番感じたのは、人の空気だった。

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前を向いている感じ。

もっと良くしようとしている感じ。

成功することを肯定している感じ。

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お金を稼ぐことに対して、まっすぐだった。

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でもギスギスしていない。

奪い合っている感じではない。

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みんなが、

「もっと大きいことをやろう」

という方向を向いているように感じた。

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ドバイツアーに来ている人たちもそうだった。

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経営者。

投資家。

海外で挑戦する人。

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普通に生活していたら聞けない話が当たり前に出てくる。

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そこで思った。

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これが環境の差なんじゃないか。

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自分が頑張る以前に、

どんな会話が日常なのか。

どんな目標が普通なのか。

誰にすぐ会えるのか。

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それが人生の上限を変える可能性がある。

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もちろんドバイへ行けば成功するわけじゃない。

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そんな簡単なら誰でも成功している。

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それに未来予測も外れるかもしれない。

AI時代が思った形にならない可能性もある。

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でも、自分の中では過去の後悔とつながった。

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もっと早く環境の力を意識していたら。

もっと大きく成長できたかもしれない。

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だから次は、環境選択を後回しにしたくなかった。

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成功してから行くんじゃない。

すごい人間になってから、その場所に入るんじゃない。

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先に環境を変える。

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その中で自分を変えていく。

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それが正しいかはまだ分からない。

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でも次の10年を賭けるなら。

そして子どもたちが生きる未来を考えるなら。

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俺は、成長している場所に身を置く方を試してみたいと思った。

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そしてドバイという場所が、ただの海外移住先ではなく、

未来への挑戦場所になっていった。

正解を教えられない時代に、親は子どもへ何を残せるのか


※この記事は、俺自身の実体験・会話ログ・音声記録、口調、人格をもとに、AIライターが文章化しています。

出来事・考え・判断は本人のものです。




子どもの未来を考えた時、親は何を残せるんやろう。


昔なら、もう少し答えは分かりやすかった気がする。


いい学校に行く。


いい会社に入る。


安定した仕事につく。


そういう道が、ある程度正解として存在していた。


もちろん今でも、それが間違っているとは思っていない。


でも、自分の子どもが大人になる未来を考えた時、一つ引っかかることがあった。


今の正解って、15年後も正解なんかな。




前回までの話


子どもが生まれる前。


俺と妻は物販・EC通販の仕事をしながら、かなり自由に生活していた。


好きな時に仕事して、好きな時に休む。


会社を伸ばすために考えて、挑戦する。


自分の人生を自分で動かしている感覚があった。


でも子どもが生まれてから生活は大きく変わった。


家事。


育児。


仕事。


全部を抱える中で、自由も余裕もなくなっていった。


このまま同じ生活を続ける方が怖い。


そう感じるほど追い込まれた時期もあった。


その中で株式投資に大きく資産を入れ、結果的に資産は増えた。


そして約10年続けた会社も売却した。


会社が嫌になったわけじゃない。


ただ、過去に成功した場所が未来も正解とは限らない。


次の10年、自分はどこで戦うべきなのか。


子どもにはどんな環境を残すべきなのか。


そんなことを考えるようになっていた。




会社を売ったあと、時間ができた。


その頃、よく本を読んでいた。


正確には、子育てしながらだったからAudibleやKindle。


まとまった読書時間というより、隙間時間に情報を入れる感じだった。




そこで出会ったのがユヴァル・ノア・ハラリの本だった。


人類の歴史。


文明。


社会の変化。


未来。


いろんなテーマについて語られていた。




最初は単純に歴史として聞いていた。


人間はどう発展してきたのか。


なぜ今の社会になったのか。


そういう視点がおもろかった。




でも途中から、未来についての話が頭から離れなくなった。




AIが進化した未来。


仕事はどうなるのか。


社会構造はどう変わるのか。


格差はどうなるのか。




もちろん未来予測なんて分からない。


誰かが言った未来が、そのまま来るわけでもない。




でも、もし大きく社会のルールが変わったら。


そう考えた時、今までとは違う感覚になった。




昔なら、


「自分がどう成功するか」


だけ考えていた。




でも今は子どもがいる。




自分だけなら失敗してもいい。


自分で選んだ人生だから。


また挑戦すればいい。




でも子どもたちは違う。


子どもが社会に出る頃。


15年後、20年後。


その時の世界はどうなっているんやろう。




考えてみると、過去15年でも世界は大きく変わった。


スマホ。


SNS。


ネット通販。


AI。


昔は想像できなかったものが当たり前になっている。




じゃあ次の15年は?




もっと変わっていても不思議じゃない。




普通ならここで、


「じゃあ子どもに新しい技術を勉強させよう」


になるのかもしれない。


もちろん、それも大事。




でも俺には少し違って見えた。




10年ビジネスをやって感じたことがある。


人生って、本人の努力だけでは決まらない。




環境の力がめちゃくちゃ大きい。




ECで成功できたのも、自分だけの力ではないと思っている。


努力した。


考えた。


改善した。


それは間違いない。




でもネット通販が伸びる時代だったことも大きかった。




同じ能力。


同じ努力。


でもいる場所によって結果は変わる。




追い風の場所で頑張るのか。


向かい風の場所で頑張るのか。


全然違う。




だったら子育ても同じなんじゃないか。


そう思った。




親が未来の正解を教えることはできない。


俺自身、未来なんて分からない。




でも、環境を選ぶことはできるかもしれない。




ただ、ここには葛藤もあった。




日本はいい国。


これはほんまに思っている。




安全。


便利。


食事もうまい。


サービスも丁寧。




普通に暮らすだけなら、こんな快適な国はなかなかないと思う。




だから迷った。




本当に海外に出る必要があるのか。


親の考えを押し付けているだけじゃないのか。


日本で普通に育った方が幸せなんじゃないか。




今でも正解は分からない。




でも自分の経験から見ると、一つ思うことがあった。




快適な環境と、成長する環境は同じとは限らない。




これは会社経営でも感じた。


安定している場所。


変化している場所。


どちらが良い悪いではない。


ただ、得られるものが違う。




自分たち家族は、どちらを選びたいのか。




そんなことを考えていた時だった。


妻から一つ話が出た。




ドバイ不動産ツアー。




最初からドバイに強い思い入れがあったわけじゃない。


むしろイメージは、


お金持ち。


高級車。


派手な街。


そんな感じだった。




でも実際に行ってみると違った。




俺が一番惹かれたのは、キラキラした建物でも高級車でもなかった。




国も人も前に進もうとしている空気。




挑戦すること。


稼ぐこと。


成長すること。




それを普通に肯定している環境だった。




10年ビジネスをして感じた環境の力。


それを今度は国単位で考えるようになった。




そしてこの経験が、


「日本以外で生きる」


という選択肢を、ただの憧れではなく現実に変えていった。


約10年続けた会社を売った。

普通なら、

「事業売却できて成功ですね」

で終わる話かもしれない。

でも俺の中では、そんな単純な話じゃなかった。

10年かけて積み上げたものを手放す。

それは自分の過去を一回終わらせることでもあった。


前回までの話

子どもが生まれる前、俺と妻は物販・EC通販の仕事をしながら、かなり自由に生活していた。

平日に旅行へ行く。

好きなタイミングで休む。

仕事を伸ばすために毎日考える。

人生を自分たちで動かしている感覚があった。

でも子どもが生まれて生活は大きく変わった。

家事、育児、仕事。

全部を同時に抱える中で、自由も成長している感覚も少しずつなくなっていった。

夫婦関係も悪くなった。

「このまま人生が続く方が怖い」

そう感じるほど追い込まれた時期もあった。

そんな中で株式投資に大きく資産を入れた。

失敗したかったわけじゃない。

でも現状維持より、挑戦する方を選んだ。

結果的に資産は大きく増えた。

そこで次に向き合うことになったのが、

「この会社をこれからどうするのか」

という問題だった。


俺と妻がやっていたのはEC通販だった。

個人事業主として始めて約2年。

そこから法人化して約7年。

合わせると約10年近く。

20代後半から30代の大部分を使った仕事だった。


最初はほんまにおもろかった。

商品を探す。

売れるか試す。

改善する。

数字を見る。

売上が伸びる。

利益が増える。

昨日より今日。

今日より明日。

自分がやったことが結果になる。


もちろん良いことばかりではない。

失敗商品もある。

在庫問題もある。

売れなくなる商品もある。

でも、それすらゲーム攻略みたいな感覚だった。

「次どうする?」

を考えればよかった。


でも子どもが生まれてから変わった。

仕事だけを見ることができなくなった。

最初は工夫で乗り切ろうと思った。

効率化する。

仕組み化する。

短時間で成果を出す。


仕事時間を少しずつ減らした。

1日5時間。

そこから3時間。

最後は2〜3時間。

それでも会社が回る形を作った。

昔なら、

「少ない時間で稼げるようになった。成功やん」

と思ったかもしれない。

でも実際は違った。


会社を維持することと、成長させることは別だった。


維持ならできる。

今まで作った仕組みがある。

経験もある。

でも伸ばすには違う。

新しい挑戦。

新しい商品。

新しい仕組み。

失敗する余裕。

考え続ける時間。

そういうものが必要だった。


そして、そのエネルギーはもう残っていなかった。


ここで難しかったのは、

会社が失敗していたわけじゃないこと。

赤字で苦しい。

もう無理。

だから辞めます。

だったら判断は簡単だったと思う。

でも違った。

利益は出ている。

生活もできる。

続けようと思えば続けられる。

だからこそ迷った。


人間って、ダメになったものを捨てるより、

まだ価値があるものを手放す方が難しいと思う。


でも10年商売をやって感じていたこともあった。

努力だけでは決まらない。

能力だけでも決まらない。

どこで戦うか。

これがめちゃくちゃ大事。


同じ努力をしても、伸びている市場と縮小している市場では結果が違う。

川の流れに乗って泳ぐのか。

逆流に向かって泳ぐのか。

必要な力が全然違う。


ECを始めた頃。

ネット通販には大きな流れがあった。

もちろん努力もした。

でも時代の流れに助けられた部分も絶対にある。


じゃあ次の10年もここなのか。

そう考えた時、少し違和感があった。


ちょうどAIも出始めていた。

世界が変わるかもしれない。

新しい大きな波が来るかもしれない。

もちろん、その時点では分からない。

今でも正解かは分からない。


でも一つ思った。

人生の時間は限られている。


会社はまた作れる可能性がある。

お金もまた稼げる可能性がある。

でも戻らないものがある。


子どもの小さい時間。

そして、自分がもう一度大きく挑戦できる時間。


当時、資産は1億数千万円くらいまで増えていた。

普通に考えれば大きなお金。

でも俺の中ではゴールではなかった。

本当は2億円くらいあれば、もっと安心してリタイアできると思っていた。

だから予定より早かった。


でも考えた。

あと数年、会社を続ける。

資産は増えるかもしれない。

でもその数年で失うものは何か。


子どもとの時間。

新しい波に挑戦する時間。

自分の人生を考える時間。


お金だけ見れば続ける方が正しかったかもしれない。

でも人生全体で見ると分からなかった。


結局、会社を売った。


これは成功者の出口戦略みたいな綺麗な話ではない。

「会社売却しました。自由になりました。」

そんな単純なものじゃない。


育児で追い込まれた。

仕事との両立も難しくなった。

次の成長にも迷った。

いろんな理由が混ざった結果だった。


でも一つだけ言えるのは、

過去に成功した方法が、未来の自分にとって正解とは限らない。

ということ。


10年前の俺にはECが必要だった。

人生を変えてくれた。

妻とも出会った。

資産を作る土台にもなった。

感謝しかない。


でも次の10年も同じ場所にいるのか。

それは別の問題だった。


会社を売った日は、

人生クリアの日ではなかった。


ただ、一つのゲームを終えて、

次に何へ人生を使うのか。

もう一度考え始めた日だった。