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文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

滝先生が、わたあめだと言うことを、忘れちゃうから私はおかしいなあ、と思ってる。
わたあめって、昔風のお祭りの真っ白くて、ヒーローの袋に入れられてるんじゃなくて。
台湾とか韓国で流行ってる虹色の、食べるためじゃないもの。ふあふあきれいだけど、なんの役にも立たないもの。そう言うことを私は忘れてしまうから、ふしぎ、と、思っている。
滝先生が今日も研究所に私を呼ぶので、自転車こいで近所の布津華大学の構内にある(恵俊さんもここの卒業生だ。大学で、どんな、神様の勉強をするのかな、と興味がある。いずれ私も笹子もここに入るにちがいない)先生の部屋にやって来た。
僕は何も拝みやとか祓いやじゃないんだけど、どうも勘違いされてねえ。
そんなことて悩んでも、なんで自分の半分しか生きていない私を呼ぶんだろう。そして、私はどうしていつも、足元が踊って、車輪が歌って、なんてことはないのに、そんなような気持ちで滝先生に会いに来てしまうんだろう。
「今日はね、この、柄」
「あ、これ弓ですね」
「あれ、刀かと思っのに」
古くて思い金属にすれた革が巻き付いたものを先生は私に見せた。
ああ、寂しがっているなあ、と私は思う。
「やすみしし
吾が大君の
あしたには
取り撫でたまい
ゆうべには
い依り立たしし
みとらしの
梓の弓の」

そこまで言って私はふう、と息を吐いて、
「あなたはがんばったのよ」
と、唱えた。
くしゃん、と音を立てて、弓の柄は半分に折れてしまった。
「…先生、ごめんなさい…」
「どうなったの?」
白衣をきれいにきこんだ先生は、細くて穏やかな両目を私に向けているの。
「誉めてもらいたかったんです。ひとの作った道具はみんな、そう」
「そうじゃないものが、百鬼夜行になるんだったかなあ」
と言って、先生は濃くいれた紅茶にミルクを半分注いで持ってくる。
滝先生はわたあめなの。真ん中に固くて細い芯があるの。
私は、そこをしっかり持っていなくてはいけないのに。
もう、右手がべたべたになってしまっているのに。