高校生のとき教科書に
「少将慈幹の母」が載ってて(これは別に平安文学じゃないですが。王朝風?)
むさぼり読みましたね。
原文できちんと読むのはもちろん無理だったんですが、
浜松中納言物語とか、
とりかへばや物語とか、
おちくぼ物語とか、
住吉物語とか、
なんか好きですね。好きなんですけど、
これって誰が何を楽しむために書かれたものだろう???
と言う疑問は残りました。ええそれはもう盛大に残りました。
業平中将は意中の女君にはびこるためにあの手この手を尽くして挙げ句拉致挙げて、結果こっぴどく敗けているんですが、
その間の女性の心理描写、一切ないんですよね。
男は女に上げるためにそれこそ命懸けなのに、女性はまるで魂なき人形の如く、何も言葉を発しない。
とりかへばやの女大将は中宮に立てられて帝にぞっこん惚れ込まれるんだけど、それで彼女が幸せだったか分からない。
浜松中納言物語でも女性は足吹きマットみたいに扱われてお寺に捨てられるだけ。
女性がこれほど無思想に描かれているのに、誰が読んで何を楽しんだんだろう。
疑問です。
あ、
激情家もいたか。
その名は
六条御息所。