また1年経って夏祭。卵売りがやってくる。出店は特別だ。スープ飯とか鶏の串焼きとか、ぶっとい腸詰とか普段は食べたらいけませんと言われているものも目的ではある。しかし、中でも卵売りの屋台は特別だ。僕たちにとっては特別だ。
「セン、角が生えてきたぜ」
と後ろの席のザネに教科書の角で小突かれた。うるさい奴だ。でも、僕は自分が笑っていたのを知っている。
「お前は今年も一本も生えてこないぜ」
と僕は言い返したが、ザネもやっぱり笑っていた。
夏祭りに屋台を開きに来る卵売りに、大人は近づくなと言っている。得体のしれないものをあきなっているからだ。しかしそういう彼らも、僕たちと同じくらいの年、卵を買っていたのを知っている。
卵売りは特別な卵を売っている。それは、七枝角の卵なのだ。
「きっと大事に育てるんだよ」
掌に余るぷわりろとした卵をいくつもいくつもござに並べているのに、卵売りはやせっぽちだ。針の様に尖った顎に、灰色の顔、同じく灰色の髪に、青灰色の長い外套を羽織っている。夏いきれのさなか。暑くないのだろう。そう見える。
その卵売りから、祭りの夜卵を買うのが僕たちの毎年の楽しみなのだ。この日のために畑の草を取ったりうどんやで粉を運んだりして、僕たちはお金をためておく。
どんなに貯めても、毎年たった一つの卵しか買えないのだが。しかしとにかく働いて小遣いを貯める。
果たして祭りを告げるのろしが町の西の端と東の端から同時に上がる。飯屋や腸詰屋が前の日からがやがやと屋台を組んでいるときには絶対姿を見ないのに、のろしが町の中空で大きく交差して消えるころには、何処から来たのか、ござを広げて座っているのだ、卵売りは。
「セン、今年は何本角が生えるかな」
「ザネ、お前まだ角の話なんてしてるのか」」僕は笑ってやった。
卵売りの持ってくる角は、丁寧に、丁寧に綿で拭いて、きれいな風に充ててやると、角が生えてくるのだ。
「これは七枝獣の卵だ。上手に育てるんだ。何せ卵はあっても、まだこの世で誰も七枝獣の姿を見たことがないんだから」
上手に孵してごらん。きっと君に幸福を運んでくるだろう。
角は、確かに生える。殻を破って、珊瑚の様にゆるくうねったとりどりの角が。
ただ僕たちの誰も獣を孵すことはできなかった。ザネは5本生やしたところで卵が死んでしまった。その前の年は四本。僕は。
僕は見たのだ。7本目の角が生えてくるところを。僕は幻を見たのかもしれない。しかし、羽のように広がった3対の角の中心が光って、金のような緑の光る7本目が、ゆっくりと天を目指して。
僕は、幻の想いを抱えて無理に殻の中を覗き込んでしまった。7本目の角の下は、太陽の反射を凝縮したひとひらの鏡だった。透明すぎてあらゆる色を受け付けない無上の宝石だった。
でも、そこで卵は割れ、角も、光の凝集も消え失せた。僕たちは小突きあいながら卵売りのところへ急ぐ。分かっている。魅入られちゃってるんだ。抜け出せないから、惹きつけられるから。