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文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

さみしい鯉の池だった。

「ここの、こいらあ、かねくうけえ、なげてみいや」

と、きったない爺さんが言って、私は何も言わなかった。

「ここの鯉らあは、前に人だっただけえ」

と、やっぱり汚い爺いが言ったけど、私は知ったことかと思う。

「札投げてみいや、札、万札」

と、腹だした婆さんがいうのだが、むろん、しらぬ。

「ここのこいらあはな、かねくうだけえ。くうたらまた人になるだけえ。かね投げたれいや」

池の端の老人たちは必死だ。だって、順番待ちなんだから。


お金は死後も厄介なもので。それだけに役立つもので、死人は鯉の姿でお金を払えば。この、びとびとの池から這い出して、龍にはならないにしても、また人に生まれてこれるのだそうだ。

鯉たちは、観光客の投げた小銭を食べて、貯めて、蓄積して、地獄の鬼に融通して、また、生まれる。つまり地獄観光客なのだ、私は。そして、老人たちは、順番を待ってる。


「万札だっち、なげえっちゃ」

投げろ、お札を投げろ。と、年寄りは言った。鯉が食べられるのはせいぜい小銭なので、お札をほおられると、咥えることも噛むこともできず、あたふたする。

面白いそうだ。必死さが、無駄さが。面白いのだそうだ。

投げろ、投げっちゃ

と、すでに埋葬された年寄りたちは言う。地獄も有限だから。この鯉の池に入る分だけだから。速く空きができて、はやく小銭をもらって、はやく、また生まれたい。


だから、私は若い夫婦に手を引かれた子どもたちに、ニッケル硬貨を上げて、代わりにごえんだまをもらう。おさかなにあげてね、と、いう。ニッケル硬貨を。

私は縁を奪い、円を壊し、国を滅ぼす。ポケットに、ごえんだまじゃらじゃら。