小説「靴」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

デイサービスから帰ってきた姉が、靴を揃えようとするのを見ると、私は村外れの錆びた電波塔、あれ一基くらい叩き壊せそうな気持ちになるのだ、お前は、
靴を、揃えるな!
と言いたくなるのだ。
12歳上の姉は56の時に脳梗塞をやって以来左側が効かない。
バカな男と結婚して、とうに逃げられていたし、私の方は自分がバカなので結婚にまで至らなかった。だから、45の時から私が姉の世話をしている。
朝の8時にデイサービスの人が迎えに来て、飯を食わせたり風呂にいれたり世話をやいてくれている間、私はホテルの厨房で皿洗いをする仕事をしている。
夕方6時に姉が帰ってくるので、それまでに退勤させてもらって、私は玄関で姉を招き入れる準備をする。
そして、左半分固まった姉は、柔らかい方の右手ではたはたと震えながら靴を揃えようとするのだ。
私は、母親を今でも憎んでいるのだと思う。
我々の母親は酒の好きな人で、外でも中でも呑んだくれては、粗相しながら寝てしまうような人だった。
まだ生きているかもしれない。だが、私は知らない。
母親は居酒屋から人に担がれて帰ってきても、玄関で必ず怒鳴った。
泉!
くつがちらかっとるが!
私はそれが嫌で。毎晩夜になるとトイレにかくれていたものだが、母親は呪わしいまでの学習能力でそれを覚えて、便座の横で体育座りしていた私を引きずり出すのだった。
くつがちらかっとるが!
私は、殴られた。靴で殴られることもあった。私が家族について覚えているのは、そんな事なのだった。
だからお前は靴を揃えるな!
と、私は姉に言いたい。なぜお前は靴を揃えようとするのか。なぜお前は揃えた側から蹴散らしたくさせるのか。
お前は、
おまえか。
靴、靴、靴、靴。
私は今日も仕事から帰り、自分の履いていたのを、壁に叩きつける。