私小説「詳細のない物語」 | 文学ing

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森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

もう20年前だから覚えていない。
詳細のない物語と言うのはたくさんある。本屋で暇潰しに立ち読みした、漫画雑誌の読み切り。
タイトルも、詳しい内容も覚えていない。ただ、残り香と言うのか、泣いてしまった、泣いてしまった事だけ、今でも覚えている。
私はビール瓶にキャップした。空き瓶にノートの切れ端詰めて、海に投げるつもりでこれを言う。
誰かいないか。
この話の詳細を知るものは居ないか。いたら、私に教えてくれないか。
末期の恋人を受け入れられず、ただただ生まれ変わって違う人間になろうとする男。
“次に目を開けたとき、お前は別人だ”
そう暗示し続ける怠惰な画家の物語。最終的に、彼は別人になる。
だが、
何故別人になったか私は覚えていない。
“一晩かけてグエンの命は終わった”
からかもしれない。そして泣いてしまった。私が物語れるのは、これだけ。
だから誰か詳細を知らないか。何故男は違う人間になることを選んだのか。それは違う人間になることで乗り越えられる悲しみなのか。
悲しみこそが人を生かし、そして生かさない。
20年経った。
今こそ私はそう思う。