俳句
に力を入れるそうです。何でも感受性教育のある種実験的試みだそうな。
早速彼も色々作ってます。
印象的なもの。↓
春の山 みどりゆたかな 草木の芽
木の葉ゆれ 気持ちどきどき 運動会
これを読んで私が確信したこと。
読書量は、
読書量だけは裏切らない。
同じ学校の保護者のなかには、何でも早くからやらせないと、とピアノだ英会話だバレエだとやりたい放題している家庭もある。
止めときなさい、と思っていた。
ならい事をバカスカさせたって、その道の一流にはなれない。
何故なら山のようなリスクを負わなくてはならないから。
努力一貫だけで勝つプレイヤーはいない。そのためには全てを敵にまわさなくてはならない瞬間だってくる。本当に全てを。
でも、
読んだ本の中身だけは、死ぬまで彼の味方でいてくれる。
反証的な2冊を同時に読むことも糧になる。
今年作った2つの句に、それが現れたな、と感じました。
これは才能が作らせたものじゃない。
技術によるものだ。
普通は才能が迸ってそれから技術が身に付くんです。
彼の場合、通算600冊の読書で語彙がしっかりストックされている。だから単語がすらすらでてくるんです。技術が先に立ってるんです。
恐らく、
彼には才能はない、ただ、楽しんで言葉と遊ぶ人間には、確実に成れる。
ああ、
それは私も同じことか。
9歳の時私も詩を作って父に誉められたっけ。
お父さん。
君なら彼になんと言う?