読書量は裏切らない。 | 文学ing

文学ing

森本湧水(モリモトイズミ)の小説ブログです。

今年、長男の小学校では

俳句

に力を入れるそうです。何でも感受性教育のある種実験的試みだそうな。
早速彼も色々作ってます。

印象的なもの。↓


春の山 みどりゆたかな 草木の芽
木の葉ゆれ 気持ちどきどき 運動会


これを読んで私が確信したこと。


読書量は、
読書量だけは裏切らない。


同じ学校の保護者のなかには、何でも早くからやらせないと、とピアノだ英会話だバレエだとやりたい放題している家庭もある。
止めときなさい、と思っていた。

ならい事をバカスカさせたって、その道の一流にはなれない。
何故なら山のようなリスクを負わなくてはならないから。

努力一貫だけで勝つプレイヤーはいない。そのためには全てを敵にまわさなくてはならない瞬間だってくる。本当に全てを。


でも、
読んだ本の中身だけは、死ぬまで彼の味方でいてくれる。
反証的な2冊を同時に読むことも糧になる。


今年作った2つの句に、それが現れたな、と感じました。


これは才能が作らせたものじゃない。
技術によるものだ。

普通は才能が迸ってそれから技術が身に付くんです。


彼の場合、通算600冊の読書で語彙がしっかりストックされている。だから単語がすらすらでてくるんです。技術が先に立ってるんです。


恐らく、
彼には才能はない、ただ、楽しんで言葉と遊ぶ人間には、確実に成れる。


ああ、
それは私も同じことか。


9歳の時私も詩を作って父に誉められたっけ。


お父さん。
君なら彼になんと言う?